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25歳の昼寝――日替わりコラム(水曜日:玄耕庵日乗)
今日は地元で就職面接を受けた。面接官は高校の同級生だった。卒業以来で見る顔。びっくりした。18の春で地元を離れるまでの思い上がった自分を思い出し、かなり苦い気持ちになった。それでなくても履歴書書く度に苦い思いが込み上げるというのに・・・。

で、25歳の私。25歳、父親になりたい、どうしてもなっておきたい年だった。いつ頃からか忘れたが、25歳の時には父親になっていたかった。父が25歳で父親になったからかもしれない。親の銀婚式に自分の結婚式を挙げたかった。若いお父さんになりたかった。中学の卒業文集のアンケートでは一番早く結婚する人になっていた。結婚願望も強かったし、子供が早く欲しかった。25歳で父親になりたいと、25歳になっても思っていた。人にこんな話をすると「あんたは変わってる」と言われた。とにかく早く家庭というものを持ってみたかった。しかし行動が伴わない・・・。



「25歳で父親」と思うきっかけになった父親と最近再び同居し始め、新たなストレスの種になっている。困ったもんだ。別に誰も仕事を辞めたくて辞めたわけではない。後から色々自分を納得させるために理由付けはするが、好き好んでこの境遇に甘んじているわけではない。ボーッとした顔してブラブラしているが、腸煮えくり返っている時だってあるのだ。自分で自分を恨んで恨んで恨み抜いてきたのだ。ようやくなんとか腹ん中に納められたかと思っているのだ。
なんだこんな生活!なんだこんな半生!犬だって食いやしない。そんな人間が偉そうにコラムなんか書いている、笑止千万。
いかん、ちょっと興奮している。ま、こんな日もある。日が悪かった。

実際の25歳の私は、これまた就職活動中だった。寄り道して大学に入り、入ったら入ったで道草を食い、本格的に就職活動に入ったのは25歳だった。地元に帰ることを前提に活動していた。老い先短い祖父母を喜ばせるなら早いほうが良かろうと思ってのこと。特に何も考えていなかった。しかし文系でこんな年の新卒にそうそう口はなかった。'99年のこと。
チョロチョロ語学が残ったままだった。月曜の1・5限、金曜の5限に出席しなければならない。金曜18:00講義終了後京都駅までダッシュし目的地に0時前に着き翌朝試験とか、フェリーに乗って土曜朝直前に目的地に着き試験、そんな週末が続いた。試験が終わると月曜朝着のフェリーに乗って1限開始ギリギリに学校に着く。友達はみんな卒業してしまったし、知り合いのいないキャンパスを汗だくのスーツ姿でうろついていた。
月曜の1限が終わると5限まで空白の時間。10:30から16:25まで6時間近く。近くに立ち寄るところもなくあまり眠れなかったフェリーでの睡眠を補おうと、校舎の屋上に上がりTシャツにスラックス姿になってベンチに寝転んだ。おひさまが好きなのだ。夏の太陽の下、汗をダラダラかきながら眠った。ひと寝入りすると暑くて目が覚める。屋上から京都市内を一望する頬に優しい風が吹いた。

当時、就職活動ってハードやな、と高校生の時に悪友とビデオで見た「就職戦線異常なし」の安気な感じが頭を過ぎったりした。ま、自分の蒔いた種だからしょうがない。しかし金融不安後の就職活動は、友人達にも厳しかったようだ。

バブル崩壊後、まだ中学だったか高校入ってたか忘れたが、テレビで「今モツ鍋が流行っています」なんてやっていた。ちょっと前までジュリアナだなんだとやっていたのが「安くて美味しいから」という理由で流行りだしたということ。ウチはバブルなんててんで関係なかったし、当時の浮かれた感じはキライだった。どうせファッションだろうと斜に見ながら「オトナってほんとはバカなんじゃねえの?」と思った。オトナに対する失望の最初はモツ鍋だった。ちなみに今夜は自分に失望しながら一人モツ鍋を食した。
有名大学うんたらもなんだかな、だった。高校はろくすっぽ行かなかったし旧帝大なんて知らなかった。九帝大で9つあるのかと思っていた(京城・台北入れたら9やけど)。国立なんか行けるはずもなく意欲もなく、MARCHがどうだろうが、日東駒専がどうだろうが、ほんとどうでもよかった。どうでもよかったので専門学校に入った。専門学校で大卒の人と話す中で「やっぱ大学いいかも」と思った。
大学に入る直前、阪神大震災と地下鉄サリンがあった。住専が話題になり、14歳の犯罪があって、山一證券・北海道拓銀が潰れた。なんとなく、ずっといやな感じがあった。社会がガラガラガラガラいっているのが、汚い部屋の万年床でフテ寝していても聞こえた。25歳は世紀末だった。ノストラダムスの大予言を知った小さい頃、「ぼくは26さいになれないんだ」と思っていたことをクスクス思い出したりした。
警官になる腹を決める前後、神奈川県警の不祥事が相次いだ。結局乏しすぎる選択肢の中から腹を決め制服を作り、年長ということで警察学校の学級委員をやることになった。入校1週間前、提出物が足りないから1単位不足ということで確認に奔走したが結局卒業できなかった。次の年も就職活動に明け暮れた。結局、最初の就職のきっかけは新聞広告だった。


自分でテーマを決めておきながら、まとまりなくダラダラになってしまった。書き捨てのようで申し訳ない。思い返しても、私の場合何も得るものがなかった。己の不甲斐無さを再確認し寒々としただけだ。25歳の頃から情況は変わらず、年だけ取った。状況は悪くなるばかりである。
luxemburgさんにテーマ設定で恨まれてしまったが、自分で自分の首を思いっきり絞めてしまった。自分を恨む。あちゃ(>_<)。履歴書の特技欄には「墓穴掘り」と書くことに致しませう。
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by uts_home | 2006-05-10 00:17 | コラム
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