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25歳のころ-連載コラム6回目
サタデーコラムニスト「そぞろ日記」のみやう?でございます。今週のお題が25歳のころの自分と聞き、え?私はまだ見ぬ未来の話を書くのか?と精神年齢3歳児並みの冗談はさておいて、はて?25歳のときいったい私はどうしていたのだろうかと思い出しつつ。

当時、上京したときから住んでいる目黒のアパートが非常に居心地が良かったのでそのまま住んでいた。目黒と聞くと高級住宅街と思う人が多いかもしれないが私の住んでいた鷹番は商店街と小規模の個人住宅やアパート・マンションで構成されていて、意外に下町の人情と風情を併せ持った街だった。人気の東急東横線学芸大学駅まで、徒歩3分。お風呂は無かったが、お風呂屋まで徒歩1分。古いけれど家賃もかなり安くて居室が9畳キッチン3畳と一人暮らしには充分すぎるほど広くて渋谷まで急行で5分と非常に交通の便もよく、商店街の酒屋のおじさんや小さいけれど素敵なご夫婦がやっている輸入食品のお店だとかもあって会話を楽しみながら買い物したり、小劇団のメンバーで隣室に住む年上の友人の部屋に押しかけて呑んだりしゃべったり、大家さんがこれまたいい人で家賃を持っていくたびに話し込んだり、と恵まれた暮らしをしていた。いまだに学芸大学駅の商店街を歩くと故郷に帰ったような気持ちになれるほど幸せな東京暮らしを送っていた。

25歳のときには丁度1年くらい渋谷円山町にあったRという大型アミューズメントでアルバイトをしていて、コンピュータ制御で動く大型競馬ゲームの実況やフロア・カウンターのお仕事をしていた。ニューオープンのお店だったので、ヘンな先輩がいるわけでもなくとても居心地が良かった。アルバイトというと短期のものしかやっていなかったので最も長くいたところではあったが、ある日突然首になった。私が見かけても居ない「お客さん」が「あいつむかつく」と言いながら歩いていたのを他のアルバイトが見かけて、カウンターにいた私に「何かあった?」と聞かれ、「え?誰も来てないよ」と答えた事件を口実にだった。





本当の理由は、仕事に関して「私の言うことがキツイ」から?ということだったようで、社員の人に、「辞めさせるのはかまわないけど、解雇予告金を支払うか、一ヵ月後に辞めるように言うのが当然だろう」と話をしても「いや、うちではいつもこうしている(簡単に首にしている)から問題無い」とかミジンコみたいなことを言ったので、今では社名は変わったが本社あてに内容証明を送ったら、即1か月分の給料が振り込まれていた。なんのことはない、アルバイトしている人の多くに知識が無くて法律に反することを平気でしていただけの話だった。

まぁ、そんな社員教育しかできないような会社でも社名を変えて潰れずにやっているのだから日本って幸せな国だね。(このあたりの毒舌がイケナイんだろう(笑))
お店のことを考えていろいろああしたほうがいい、こうしたほうがいいと言うだけは言っていたのが仇となったのがチト辛かった。モデルをしていた友人のRから「正しいことを言われると人は傷つくんだよ。だから正しいことを言うときには気をつけたほうがいいんだ」と電車内で言われ、涙した。人間が当然相手の気持ちを汲んでいるものと信じ込んで行動する自分を痛感して、それを言ってもらえたことの嬉しさと、あまりに単純バカな自分の情けなさに涙した。

その後、R宅でのパーティーで知り合った同じ歳のイギリス人のLがアートスクールをやりたいから手伝わないかと誘われ手伝うことになり、パーティーや広告を企画させてもらえたし、刺激的で楽しい数ヶ月間だったが、Lのビジネスのための金の出所が、当時まだ真直ぐな目をした16歳の少女(日本人の奥さんとは離婚訴訟中かつその娘以外にも女がいるにもかかわらず)とつきあっていて、その少女は少々名の知れた会社社長の娘でその母親を騙してお金を引き出していたことが発覚。
「薬は目の前でやったら即通報」と脅せばやらなかったので、薬物のことで警察につきだしたりはしなかったが、そのことだけは許せなかった。マネージャーとはいえ、アルバイト程度の時給だったし、奴が拾ってきた他の手伝いの人間よりはるかに恵まれた条件だったが、自分の金が人を騙して得た金から貰うということに耐えられなかった。
自分の影響を残さぬよう、自分の関わっていた人々にはその事実を告げて、去ることに決めたが、16歳の少女には残酷な事実なので彼女には伝えるかどうか迷ったが、金額が大きかったこととLが病的に嘘つきなことも数ヶ月間の付き合いでわかっていたので被害を拡大しないほうが良いと判断して彼女の母親に事実を告げた。真直ぐな目をした彼女の心を真実が傷つけてしまうことを詫びた私に「うちの娘は今はあなたを許せないかもしれないけど…」と彼女の母親は言っていた。法的手段を取るかどうかは彼女の両親に任せて、私はそのオフィスを去った。

激動の25歳だった。そして、正しいことをすることは人から好かれる方法ではないということを思い知った。黙っていても別段自分の幸せに影響あるわけでもない。自分の良心に従って行動することは、人を傷つけることも多い。どうして正しいことを行うことはこんなにも困難なのだろう。それでも、そのようにしか生きられない自分の人格をどうしたもんだろうと思いもした。
ただ、そんな自分を愛してくれる人々のことを考えた。無理をして全ての人から愛されて生きていく器用さは私にはない。そう気がついた。自分が好ましいと思う人から愛される今の自分を愛そうと。正しいことを行うことで得をすることはあまりない。良心に従って生きていくのは闘いだ。だが、それは孤独ではない。

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by uts_home | 2006-05-13 00:00 | コラム
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