西園寺邸、美しく手入れされたローズガーデンを眺めながらお茶を楽しむ麗子とばあや、そこに執事(塚江 増蔵)が手紙を届けに来る。
ばあや:お嬢さま、お手紙でございます。「ご招待」と書かれてはおりますが、なんだかネコの足あとのようなスタンプが押されていて、怪しゅうございます。
麗子 :あら、ムルからじゃないの。なにかしら、「"Under the Sun"へどうぞ」ですって。果たし状かしら、ばあや、"なぎなた"あったわよね?
ばあや:はい、でも私めは竹やりの方が扱い慣れております。さあこいニミッツ、マッカーサー!
麗子 :違うみたいよ。話をじっくり聞くということみたい。ええっと、"格差社会にNO、共生社会にGO"ですって。どういうことなのかしら。人間はみな同じではない以上、格差が生ずるのも仕方がないようにも思いますし、共生といったらみな社会をつくっているから共生しているともいえると思いますわ。
それに、この話を聞きにいくということは、私たちの暮らしが批判されるということではございませんの、いやですわ。
ばあや:たしかに、私どもにとっては難しい問題でございますが、実は日本人全体にとっても難しい問題でございます。格差社会に反対するのは、考え方としては日本だけでなく世界の子供たちがおなじように、ということになるわけでございますから、場合によっては日本全体の生活水準を下げる覚悟すら必要となるのでございます。実際、「インド人や中国人にエアコンの快適さを教えたら地球は終わりさ」などと、エアコンの効いた部屋でわかったようなことをいう方もいらっしゃいます。そういう意味では日本人全体にその問題が突きつけられているのでございます。ですからお嬢さまだけが批判されるということではございませんよ。
麗子 :でも私たちが乗馬をゆったりと楽しむことはできなくなるんじゃないかしら。
ばあや:そうでございますね。ただ、楽しみというのはいろいろございまして、人に豊かさを見せつけるような楽しみでなくとも、人間らしい生活をして、仲間をつくって、というふうなものもございます。実際、ヨーロッパ留学から帰り、向こうでは医療や学費がほとんどタダで、賃金が高くなくても、人間らしい暮らしができて、4時には仕事から解放され、安いお酒で毎日飲みニケーションを楽しんでる、だから、ヨーロッパには格差がない、と言い切っているお子さんもいらっしゃいます。
日本国憲法13条も、「幸福追求権」と書いているのでございまして、「幸福権」ではございません。医療や就学のサービスが受けられて、戦争がない、人間らしい暮らしの基礎が与えられれば、幸福追求の基盤が整備されたといえます。あとはどういう"幸福"を描くか、はそれぞれの自由でございます。その前提条件がみなに保障されることを「格差がない社会」で「共生社会」といってよいのではないかと思うのでございます。その上でそれぞれが自分たちのしあわせを自分なりに求める、そういう社会を日本人は目指しなさいと憲法はいってくれているのでございますね。日本人は「隣の車が小さく見えま~す」的なCMを見過ぎて本当のしあわせがわからなくなってしまったのかもしれません。「ワンランク上」「勝ち組」なんて言い方ばかりしているとかえって貧しくなるともいえるのでございます。
それに麗子さま、西園寺家は代々由緒正しいお家の御曹司と結婚、と決まっておりますが、おそらく麗子お嬢さまは、見栄春財閥の御曹子、見栄春 我儘男(みえはる がまお)さまとご結婚でございますよ。あのお方が「インド人や中国人に」と発言をなさったのでございます。ところが、財閥だの何だのといわなくなれば、出会いもございますし、お嬢さまほどの美貌でしたらディラン・クオのような殿方と、なんてことも。
麗子 :まああぁ、ディラン・クオさまと?どうしましょう!
ばあや:まだ決まったわけじゃございませんけどね。お嬢さま、よだれが・・・、なんてはしたない。
麗子 :ご、ごめんあそばせ。でも、あんなお方と一緒になれるのでしたら財閥も西園寺も要りませんわ。それに我儘男(がまお)さまってそんなイヤな発言する方ですから、結局女性も一段下のものと見て差別するのでございましょう?自分の物のように振る舞われるのはイヤですわ。私、Under the Sunに集まるような人間としての優しさがある殿方が好き。
ばあや:我儘男さまは、一段下どころか、九段下でございましょう、あの付近の神社もお好きだそうでございますから。あの方は将棋でいいますと、「王」のために「歩」が次々と討ち死にするのを眺め、「ご苦労」と思っているのでございましょう。あの神社は見る人によって全く違う光景を見せてくれる、格差社会の一つの風景でございます。
(麗子の耳もと、小声で)ばあやもあんなガマオではなく、お嬢さまの本当のしあわせを願っておりますですヨっ!
麗子 :じゃあディラン・クオ獲得大作戦の第一歩としてUnder the Sunにいってみようかしら。
ばあや:いや、そういう功利的な動機ではなく、人間としての優しさを持つ殿方に出会うためには、お嬢さまご自身が人間としての優しさを持つ、そのためにいらっしゃるということではないかと思います。
麗子 :結局目的は殿方、同じことじゃないかしら?
ばあや:でも同じ目的であれ、今までの自分を捨ててでも、というのが"愛"、とばあやは思います。
麗子 :結局この企画は、"Under the Sun"のみなさまが格差社会や共生社会のあり方について、お話してくださるという、私にとっても人間らしさを取り戻すきっかけになる、いい企画だということがわかりましたわ。
でもそうすると、"Under the Sun"の理念について水曜日以降の方が語らなければならないという大変なことで、それは申し訳ないと思った私たちも少し語ったわけですけれど、ということは・・・。
麗子・ばあや:華氏451度侯はいったい何をしたっていうの!
ばあや:月曜日がラクすぎる企画を立てたということでございます。あの人がUnder the Sunを格差社会にしているのでございますよ。
招待を受ける、ということではあったのだが、そのままハイハイではコラムにならないし、麗子が招待されるという必然性や麗子とUnder the Sunとの関連を書かなければならない。その上、あまり中身に入りすぎては水曜日以降の自由度がなくなるのでダメ。
だから、Under the Sunを訪問することは麗子にとって悪いことではない、というだけの話にしなければならない。ちょっと疲れた。