麗子:……ちょっとばあや、今夜はこのお部屋って聞きましたけれど、このヒト、さっきからビィル呑みながら膝に猫のせて本読んでるばっかりで、ちっとも話さないじゃありませんか?
ばあや:はぁ……(困惑しつつ)、そう云えばコラムニストの中に、アルコォル依存症気味の欠陥品がいるとか、いないとか……
麗子:ちょっと、そんな危険な人間がいる集まりに私を呼んだっていうの!?
ばあや:いえ、決してそんな者ばかりではないと思いますが(と云うか、呼んでおいて逃げ出してると云うか……)。もし、もし、ソコのヒト、お嬢さまがお呼びですよ。招待しておいて放置プレイとは失礼じゃございませんか。お相手をなさい。
つーワケで、ボクはしぶしぶ膝の上の猫をどかして、おぜう様と向き合うことになったわけなのだよ。
発掘屋:あ、どーも。「Under the Sun」のコラムニストの中で、唯一の常識人と自認している発掘屋です。
麗子:いきなり他の方々から石を投げられそうなご挨拶、いたみいります。それよりも「Under the Sun」の皆様が何を考えておられるかを(とっとと)お話していただけますか。
発掘屋:アンタ、かあいい顔して、案外莫迦だね。
麗子:(ムッとしつつ)私のどこが莫迦だとおっしゃいますの?
発掘屋:他の人がどんな心づもりで参加したかなんて、わかるわけないじゃないの。みんなに訊いてまわったわけでもあるまいし。
麗子:……
発掘屋:……
麗子:……それではあなたは、どのようなつもりで参加されたのですか?
発掘屋:おもしろそうだから。
麗子:は?
発掘屋:おもしろそうだから。
麗子:そんだけ?
発掘屋:そんだけです。他に何か必要ですか?
麗子:……
発掘屋:……
ばあや:お2人とも、行をムダに使うのはおやめください。いくらやりにくいからといって。
発掘屋:……チッ(舌打ちしつつ)、ンなコト云われたってよ、小難しいハナシができるワケでもなし。大体、共生って何だ、格差って何だって、どー答えりゃいいワケ(ビィルをあおる)?
麗子:どうって、アナタはどうとらえているのです?
発掘屋:言葉のアヤだって、ンなモン。大体“差”なんてもんは、どうしたってあるもんだよ。問題はそれがどういった性質の“差”なのかってコト。がんばって仕事して、物質的に豊かになった人間、祖先が遺した遺産とで贅沢に暮らしてる人間、仕事もせずに怠けて暮らして貧乏で、こんな格差はイヤだ!なんてのたまう人間、いくらがんばっても報われない人間。みんな同じじゃないだろ?そんな人間がみんな同じレベルでやっていこうなんて、不可能じゃないかな?
麗子:おっしゃってるコト、趣旨と矛盾してますわ?
発掘屋:そ、矛盾なの。解決策として、富めるものが貧しきものに富を配分するってのも無理だし、貧しいものがいくらがんばったって、たかが知れてる。結局ボクらは格差社会を受け入れて、生きていかざるをえないと思うんだよ。ソコで発生する感情のようなモノは、とりあえずコッチ置いといてね。
麗子:???
発掘屋:ソコで発生する感情は「隣の芝は青く見える」式のウラヤミであるコトが決して少なくない。ボクらは、ねたみやそねみを持たずに生きることはできないからね。それ解消するためには、自分ががんばるよりも、他人に自分以下のレベルであってもらう方がよっぽど楽なんだ。もっともこんな簡単なコトはみんなわかってると思うけれど。
麗子:それが格差だと?
発掘屋:――“差”さ、単純な。劣るか劣らないか、結局はソレ。格差なんて言葉にしちゃうと薄められてしまうけれど、しょせんは生活レベルの“差”なんだよ。あ、もちろんボクが云ってるのは、物質的なハナシだからね。もっと高尚なハナシを訊きたいんだったら、明日以降の担当者にお願いしてね。でもそうなっちゃうと、やっぱりキツイんだよね。ボクらみたいな平々凡々な人間は、どうがんばったって、何億ってお金を動かすようにはなれやしない。庶民は庶民のまま死んでくワケだよ(うらやましいぜ、ぶるじょあじぃ)。だから日々の暮らしに汲々してる。そこに今以上の(精神的・物質的な)負担が増えるってな、やっぱりキツイ。だからボクら庶民は考えるワケだよ。ボクらじゃなくって、もっと余裕のあるヒトたちに負担してもらえんかなぁ……って(ビィルをあおる)。
麗子:それはズルイんじゃ!
発掘屋:そうなんだよね、ボクらはズルいんだよ。社会に格差が生まれて以来、ボクら庶民はそんな風にして、為政者と向きあってきたんだ。まぁ、そのあたりは勘弁してもらうしかないな。格差社会はダメ!なんて云うのは、とどのつまり結局はボクらのエゴなんだ。でもボクらが自分たちの生活をよりよくしようと努力したって、文句云われる筋合いじゃないんだよ。世の中いろんな立場、考え方の人間のエゴがぶつかり合って成り立ってるんだから。ボクらの主張が強かったらボクらの主張が通る、もちろんその逆もある。だからボクらは、ボクらの主張を通すために、こうして「Under the Sun」なんかやってるんだよ。
麗子:開き直ってますわね。
発掘屋:ボクは、ちょこっとでいいんだよ。100対1ぐらいが、99対1ぐらいになれば、それでとりあえずはよしと思うワケ。いきなりイィブンにならなくたっていい。でも世の中には100対1を200対1、1000対1にも引き上げようとする力もある。それがちょこっとでも食い止められたら、それで満足なんだよ。ホントはその役割をはたすのが思想家や評論家、メディアのはずなんだけど、どーも最近は信用できないっぽい。だからボクらみたいなのが、こーして細々シコシコと駄文乱文を書き散らしてるワケ。それがおもしろくなかったら、ボクはやんない。きつかったら、ムリはしない。そんだけのコトさ(ビィルをあおる)。
麗子:駄文乱文はアナタだけじゃ……?
発掘屋:うるせえ、呑め!
……少々お待ちください……
麗子:(はんなりとしながら)ツマミのこの梅干し(貧乏ったらしいけど)美味しいですわ。
発掘屋:だろ?芳乃さんの手作り。
麗子:誰ですの(ビィルをあおる)?
発掘屋:ボクの相方。
麗子:(ビィルを噴出す)結婚してんのッ!?
発掘屋:子どもまでいますよ。何、素の声出して。キャラもどして、もどして。
麗子:(急いでばあやがタタミを拭く)ハイ、いやその……でも梅干し作るの、手間がかかるのではなかったかしら?ヘタを取って、お塩ふって、シソをまぜて、天日干しして、カビさせたり、干して雨にあてないように注意したり、ホント気を使わないとダメなんでしょう?失礼ですが、お宅のおおざっぱな芳乃さんが、できるんですか?
発掘屋:おぜう様のくせによく知ってますね(何で芳乃さんの性格まで)?ま、コレは芳乃さんの仕事だから、ヤル時ゃやります。やらない時の方が多いけど。
麗子:アナタはしないのですか?
発掘屋:手伝うぐらいならね。その代わりボクは裏山の手入れをしたり、力仕事の担当。共生なんて言葉にするとちょっとかたくるしいけれど、要は分担。できる者ができるコトをするってだけなんだよね。ボクはそう理解してる(ビィルをあおる)。
麗子:いきなり強引に持っていきましたわね(ビィルをあおる)。
発掘屋:油断しないように。これをたとえば社会に置き換えてみるとぉ……
麗子::置き換えられるの?
発掘屋:まぁ、ムリだわな。そう単純にはいかんでしょう。
麗子:ヲイッ!
ばあや:お嬢さま、お言葉がお悪うございますよ。
発掘屋:くっくっくっく、だから油断しないようにって。そろそろメッキがはがれてきたか?でもファンに恨まれたらコトだから、やめとこ。その代わりと云っちゃナンだけど、ひとつおもしろいハナシをしてみよか。西アジアにグルジアって国があるんだけど、近年、180万年前の人骨が見つかった。歯がすべてぬけてしまった状態で、死ぬまでの数年を生きていたらしい。当時は固い肉食だったと考えられるから、そんな歯の状態では噛むのは不可能だ。おそらく、やわらかく調理して食べさせていた者がいたんだろうね。ちなみにネアンデルタァル人も、病気の子どもを看病したケェスがあったらしい。
麗子:はァ……?それはつまり、介護してたってコトですか?
発掘屋:そう。わかるかい?他者をいたわるという行動が、180万年前にはすでにあったんだよ。もちろん老人も若いころは、食料獲得を担っていた。でも年をとって動けなくなったら、今度は若い者が彼を助ける。コレは相互扶助、ある意味共生じゃないかな?
麗子:ちょっと待って、でもソレは個々の事情によって介護されていただけであって、社会的な意味で私たちがとらえている共生とはまったく違うものれすわ。だいたい相互扶助って云っても、まったく相互じゃにゃいし、弱者が次の世代におんぶに抱っこされてるだけでしょう(ビィルをあおる)?
発掘屋:社会は連続性があるんだよ。社会におけるそれだけを、共生とするのは、現在というポイントから横方向で見てるからなんだ。横方向だけじゃなくって、縦方向にも意識を持ってごらん。地域やムラ、家庭だって、時間とともに順送りされていく小さな共生だと考えられないかな?できる者ができるコトをやる。その基本は変わらないよ。つーかそんなモノ、おおざっぱに受け取りゃいいじゃん。自分たちがやろうとしてるコトの定義づけに労力使うなんて、こっけいだよ。(ビィルをあおる)。
麗子:単純にゃのね……
発掘屋:単純で結構。ボクが云いたいのは、180万年前の人類にできたコトが、ボクらにできないワケはない!ってコトなのさ。
麗子:にゃんか、アナタの理屈って……開き直りと単純化ばかりみたいですねぇ……
発掘屋:その必要がある時はね。
麗子:むにゃむにゃ……
ばあや:(肩をゆすりながら)お嬢さま、お嬢さま、しっかり、どうなさいました。だからあれほど呑むなと(行間で何かあったらしい)……
発掘屋:寝るんだったら、とっとと連れて帰ってくれよ。ボクは呑みなおすんだから。
ばあや:かしこまりました。おっと、さわらないでくださいませ。発掘屋さま、アナタは危なそう。
発掘屋:何ちゅういいぐさだろうね、まったく。
ばあや:ところで発掘屋さま、今夜のおハナシですが、一体どこまで本音ですか?アナタさま、どこか韜晦していたように見受けられますが。
発掘屋:そうくるかい?自分じゃ結構、ホンキなつもりなんだけどねぇ。でもやっぱり、共生や格差なんて看板を、ボクひとりに語らせるコトはちょいと無理があるね。ボクはボクのエゴのために、ココにいるのだからね。誰かのためにゃ、動けない。
ばあや:皆さまのご意見は、伺ったのでしょうか?
発掘屋:まさか!最初に云ったろ?ボクは他人のコトなんざ、わかんない。ボクらは組織じゃないし、どんな崇高な理念持ってても、集団になれば汚れてくるし、不純になる。政党しかり、宗教団体しかり、ボランティア団体まで同じことさ。だから……って明確にハナシ合ったワケじゃないけれど、ボクらは個として社会の中にとけこんで生きていて、勝手連的にこうして集まってるだけだよ。もしやることがなくなったら、電脳世界の中で語り合ったボクらは、もう互いの顔も本名すらも知ることもなく、このつながりは消えてしまうかもしれないね。
ばあや:それはお寂しゅうございませんか?
発掘屋:いんにゃ。ボクはこのつながりが、いつか消えてしまう日を待ち望んで、ココにいるんだよ。ボクらのような庶民が、政治や社会のコトについて、シャカリキになって話す世の中なんてのは、ボクに云わせりゃまっとうじゃなんですよ。水曜日担当の玄耕庵の素楽さんが「わしはいわゆる政治はしたない」って云ってたけど、まったく賛成。ホントなら、さっさと優秀なヒトに、バトンタッチしたいぐらいだ。
ばあや:なるほど……何となくわかってまいりました。アナタさまは確信的に虚器として、ココにいらっしゃるワケですね。
発掘屋:そう。ボクのこの立場、木曜日担当ってのもなかなか微妙なんだよ。月、火、水って力の入ったハナシがつづいて、金、土、日って後半戦に入るためのハシ休めとして、なるたけ肩のこらないノーテンキな記事を書こうって。モノゴトには緩急が必要なのさ。
ばあや:まさにアナタさまは、ゆるゆるでございますものね(特に先週の、読んだ本についてのコラムなどは……)。おまけに理念を語ったようでいて、語ってなくって……やっぱり韜晦してますわね。
発掘屋:江戸川乱歩が云ってたよ。「現は夢、夜見る夢こそ現実」ってね。ココでの言葉はすべて夢さ。さ、今夜のボクの宴はコレでお仕舞い。明晩は違う部屋をおとずれるんだね。そんじゃ、おやすみ。