〈翌日の書き足し〉
久しぶりUTSの参加メンバーにコラムのTBを送った。一部、なぜかTBの入らない方がおられたが、90%ぐらいは送れたと思う。TBは、「UTSを覗いてください、そしてTBを送ってください」というメッセージ。私の場合、コラムと言っても大したこと書いてるわけじゃないので、万一お暇があれば斜め読みしていただければ、という程度。それよりも、皆さんのエントリをTBしてください。ここを訪れるみんなに、それぞれに考える手掛かりを掴んでもらうために。
〈コラムは以下〉
何処で時間のねじれが生じたのか、草原を歩いていたはずなのに弥生時代に迷い込んでしまった青年マルコ。櫂のない小舟に乗り、潮の流れに任せてひたすら太陽の方向へと進んだが、行けども行けども見えるのは空と海ばかり。いつのまにか、あたりは茜色に染まり、そしてゆるやかに薄墨色が広がっていった。ひとつ……そしてまたひとつ、星が瞬き始め、やがて闇の中に星ばかりが怖いほど満ちた。
今までは『旅の駅』や農夫ムラノの家に泊めてもらって、簡素だけれどもあたたかいベッドで休むことができた。深い森の奥でやむなく野宿した時も、姿は見えなくてもウサギやシカたちの息づかいが間近に感じられ、フクロウたちはホウホウと鳴いていたのに……。こんなふうにまるきりひとりぼっちの夜は初めてで、マルコはひどく心細くなり、遙か彼方に向かって思わず「おーい」と呼んだ。「誰か、いないかーい。返事してよー」。
その瞬間、行く手にいきなり黒々と断崖が現れ、驚いて半ば腰を浮かせたマルコの耳にかすかな音楽が聞こえてきた。音だけではなく詞も伴っているようだが、よく聞き取れない。決して美しい旋律とは言えないのに、妙に心のどこかをくすぐる音楽……。
「な、なんだよ……あれ。ローレライかい。それともセイレーンかよ」
小舟は音楽に引き寄せられるようにして、ゆっくりと断崖に近づいていく。人恋しさのあまり、言葉をかわせるならば相手が魔神でもいい、という気分になりかけていたマルコだが、いざとなれば突如闇の中にそそり立った断崖は懐かしいよりも恐ろしい。流れに逆らって小舟を招くという1点だけでも、薄気味悪いことこの上なかった。
「ま、待ってよ」と小舟に向かって言い、慌てて両手で舳先を掴む。「そっちじゃないってば……」
マルコの手の中で舳先は身もだえ、あまつさえ牙を剥いたようにさえ思えた。
(行こうよ……行こうよ……友よ)
「やだ、僕は行かない」と、マルコは汗を滴らせながら叫んだ。今まで、自分が問いかけて自分が答えを出す、という形で旅を続けてきたのだ。自分が何かを考えるたびに新しい地平が拓かれ、誰かが向こうから歩いてきて微笑みかけてくれた。こんなふうに強引に引きずられたら、おそらく『Under the Sun』とはまるで違った世界に連れて行かれてしまう……。
嫌だ、僕は嫌だ――と何度叫び続けただろう。こめかみのあたりに鈍い痛みを感じて重い瞼を開いた時、マルコは自分が砂浜に倒れているのを知った。夜はまだ深い。
ふらり……と立ち上がったマルコの視界を、翼を広げたような巨大な門がかすめた。
「あれが……ムラノとアイラが言ってた『街』の門かな? それならば僕はやっと、もとの道に還ってきたってことか……」
鎖でも付けられたように重い脚をだましだまし動かして、ようやく門の前にたどり着く。その傍らに、眉間に皺を寄せた愁い顔の男が立っていた。あまりに気難しげな様子に声をかけるのもはばかられてふと見上げると、門の上に掲げられた額――というのか看板というのかマルコには見当もつかないが、ともかく打ち付けられた板に一言。
――この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ――
な、なんなんだよ~と悲鳴を上げそうになった時、遠くでカン高い声がした。
「ストップ! 待ってくれぇ~」
振り返ると、転がるように近づいてくる影ひとつ。ようやくその姿がはっきりと見えると、マルコは声をかけられた時よりも何十倍も驚いた。なおも走り寄ってくるのは、ネ・コ。かなり大柄ではあるけれども、長靴を履いているわけでもない、ただの薄汚れた猫だ。
「僕の頭、おかしくなっちゃったのかなあ」と心細げに呟くマルコの足元で立ち止まり、「いやあー、間に合ってよかったよかった」と猫ははしゃいだ声を出した。
「ショウから連絡もらってさあ、慌てて迎えに来たんだけど、ほんとぎりぎりセーフだったよなっ」
「君……いったい何?」
「オイラ? 何でもいいじゃん。変な顔すんなって。ショウとおんなじ、フィクションの存在なのっ」
「な……名前は?」
「名前? そんなもん、どーだっていいと思うけどな。ま、何かないと呼びにくいってんなら、ムルと呼んでよ」
猫はちょっと照れ笑いをしつつ、片目をつむってみせた。
マルコ:「迎えに来てくれたんだって?」
ムル:「ほんとは迎えに来るのは華氏っていう奴の役割だったんだけどさ。いつも通り、代理させられちまったわけ。……でも、よかったね。例の《音楽》に誘われなくってさ」
マルコ:「あの音楽、なんかすごく気持ち悪かった。……じゃないや、何かすごく気持ちよくて、黙って誘われてたら天国でもどこでも連れてってもらえそうで、だから気持ち悪かった……。あれ、何ていう音楽?」
ムル:「国歌」
マルコ:「こっか!? でも君が代とかいうやつとはちょっとメロディーが違ったけど……」
ムル:「君が代でも、星条旗よ永遠なれでも何でもいいさ。ある種の象徴に過ぎないんだから。もっと言うと、国歌じゃなくてもいいかもな。原初的な感覚を妙な具合にくすぐって、頭をからっぽにさせて、ひとつの方向に余念なからしめる音楽。オイラ達から見るとほんとに信じられないんだけどさ、あれに捕まっちゃうと、人間って薄気味悪いほど顔つきが似てくるね。人間は本質的にマゾヒストなのかしらん? 圧倒的な存在に支配され、喉を鳴らしてみたいのかなあ?」
ヒゲの先をピクピク震わせながら、ムルと名乗った猫は皮肉っぽい目でマルコを見た。
ムル:「今、音楽って言ったけどさ。音楽も美術も、みんな同じだよなあ。それ自体は何ものにもとらわれずに屹立してるつもりでも、変な知恵のある連中はそれを利用しようとする。どんなに利用しようとしても利用しきれない、アマリが出るのがほんとの芸術ってやつかも知れないけど」
マルコ:「いや、音楽の話は別として……君、さっき『違う』って言ったよね? じゃあ、君は正しい道を知っているわけだね」
ムル:「そんなふうに、まともに聞かれると困るんだよなあ……」
マルコ:「少なくとも、あそこは(と、巨大な門を指さして)違うんだよね? だから、慌てて声かけてくれたんでしょう?」
ムル:「ううん……何と言えばいいのかなあ。ほら、あそこにボーッと突っ立ってるオッサン、彼はダンテって名だけどね、彼と一緒にあの門くぐったって別にいいんだよ。オイラが声かけたのはちょっと挨拶したかっただけのことでさ、君がこの後どの方角に行こうと、オイラは知ったこっちゃない」
マルコ:「そんな無責任な……」
ムル:「へへっ。無責任ついでにさ……」
……と猫が前足をひらひらさせると、何もなかった空間に突然、畳3枚ほどもある鏡が出現した。さらに尻尾を一降りすると、あんぐりと口を開けた洞窟が……。
ムル:「何処へ行ってもいいよ。お好きな所へどうぞ」
マルコ:「な、なんだよ……。あ、頼むからもう足も尻尾も振らないで。兎が時計見ながら走って来そうで、頭がくらくらする」
ムル:「ちぇっ、だらしねぇなあ。ほら、その鏡の中なんか入ってみるの、どうだい? おもしれぇぜ」
マルコ:「アリスじゃあるまいし……。あのねえ、ムル。……僕は『Under the Sun』を探して旅をしているの。寄り道している暇はないんだ」
ムル:「寄り道してる暇、ない? なんで?」
マルコ:「え……???」
ムル:「寄り道だって、『道』じゃんか。道ってものは、現実にはまっすぐ一直線なんてあり得ないんだよ」
マルコ:「そのぐらい、僕もわかってるさ。ただね、間違った道にだけは入りたくないんだ。ほら、さっき君も言ってた、《こっか》で人を誘う道とかさ」
ムル:「君、今まで何人もの人に会ってきたろ?」
マルコ:「あ……うん。生きていくことは次々に問いに答えることであり、問いも答えもオリジナルなものだと言う船頭・luxemburgさん。個性を認め合うことの意味を教えてくれたタクシー・ドライバーのMcRashさん。じぶんが問いに答えを出そうとした時に、繋がりが生まれるのではないか……と示唆してくれたマダム・そら。自己というものに関していろいろな角度で問題を出してくれた、森の青年。希望を持ち続けるためには、他人と何かを共有することも重要なのだと言いながら微笑し合ったムラノとアイラのご夫婦。そして……すべてはつながっている、と巫女のような声で囁いた少年・ショウ……」
ムル:「随分と、出会いがあったんじゃねぇの。あのねマルコ、君はもう既にUnter the Sunの世界に足を踏み入れているんだよ~」
マルコ:「え? ここがUnder the Sunなの?」
ムル:「やだなあ、違うってばぁ。ブログパラダイスを求めて旅に出ようと思った時、君のはその思いはUnder the Sunと通底したっていうわけさ」
マルコ:「何か……君の話聞いてると、旅するのが無駄みたいな気がしてくる……。なぜ僕は旅をしてるのか? って改めて考えなきゃいけなくなってきた」
ムル:「簡単な話じゃん。ニルスでもオデッセウスでも三蔵法師でも誰でもいいけどさ、物語の主人公は《旅をする》ことに決まってるのッ」
マルコ:「はあ……?」
ムル:「(前足で額の汗を拭きながら)ごめんごめん、冗談だってばさ。君は繋がりを確信するために、旅を続けているんだと思うよ。出会わなければ、何も始まらない。人と人とがかりそめにではあれ出会い、その出会いを幸福だと感じる時、さらに時空を超えて多くの出会いを持ちたいと思う時、そこにUnser the Sun がある」
マルコ:「2人だっけ3人だっけ、集まればいつもそこに私がいる、なんて言ったエライ人がいたね。イエスさんだっけ」
ムル:「お遍路さんの『同行二人』なんてのもあるね。人間界の宗教の意味って、その辺にあるのかもなぁ。オイラは猫だから、神も仏もないけどさ」
マルコ:「僕は既に環のなかにある。心を通わせた人達は、いつも僕と一緒に在る、ってことだね。でも僕はあくまでも僕だから、僕にとってのUnser the Sunが何であるかは、自分で探し続けるしかないんだよね」
ムル:「そう……ちょっとカッコよく言うと、君もまた永遠の旅人。約束の地なんか、何処にも用意されてはいないのさ。よだかがたどり着けなかったのと同じく、君も太陽にはたどり着けない。でも、たどり着こうと希うのと、どうせたどり着けないとせせら笑ったり、そういう希いを愚かだと見下すのとは、天と地ほど違う。パラダイスはたどり着く先ではなく、探す道の中にあるんでやんすよ。いや、オイラが変な結論めいたこと言っちゃいけねぇよな。また華氏の奴がみんなに怒られて、そのとばっちりで蹴飛ばされるかも。……道にもあり、その向こうにも垣間見え、って感じかな」
マルコ:「だから、『何処へ行ってもいい』と言ったんだね?」
ムル:「うん。少々回り道でも、自分の足で歩き、自分の言葉で尋ねて行く限り、同じことだと思うんだよな。……でもまあ、こうやって一期一会の関わりを持ったことだし。ちょっとサービスして、さっさと元の道に戻してやっか」
ムルがせわしなく瞬きすると、鏡も洞窟もかき消すように無くなり、代わりにところどころペンキの剥げた緑の扉が出現した。「そろそろ24時……真夜中の庭が目を覚ます頃だ。さあ、開けな」とムルは言った。「扉の向こうは朝になっているはずだ。色とりどりの花が群れ咲く庭園を超えた先の四阿に、誰かが君を待っているよ。何を話してくれるか知らないけれど、少なくともひとつかふたつ、君の旅に意味を重ねられることは請け合うぜ」
じゃあな、と前足を振りながら、ムルはにやっと笑った。夜の闇の中で奇妙にくっきりと見えていた輪郭がみるみるうちに曖昧に薄れ、後には半ば人なつこく、半ば照れたような笑いだけが残った……。
追記/「月曜日担当、前座の華氏」ではなくなった。解放され気分に浮かれるあまり、うっかり担当日を忘れかけていました(汗)。辛うじて埋めただけ……なので、発掘屋さん、おあとよろしゅう頼みます。