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【歴史は平然と嘘をつく】

ちょっと昔、6世紀ごろのハナシをしましょう。
歴代天皇の中でも、特に謎に満ちている継体大王(このころはまだ“天皇”ではない)の御世です。

『記紀』では25代武烈大王が没し、後継がおらず、王統を継ぐべき親族も認められなかったため、ヤマト王権(すなわち後の皇位です)が断絶する危機だったと伝えています。
そこに登場したのが、応神大王の5世孫を称するヲホドです。
ヲホドは越前(今の福井県)に勢力を持ち、北陸や近江、尾張の豪族の後ろ盾を持っていましたが、河内の豪族が「即位してください」とお願いに行くワケです。
ヲホドはヤマトに入り、仁賢大王の娘、手白髪(タシラカ)媛と結婚して、王権を継ぎ、継体大王となりました。
その後、精力的に政策を推し進め、古墳時代のヤマト王権の勢力圏をほぼ確定した人物です。

コレがいわゆる正史。





ところがコレ、結構あやしいんですよ。

応神大王の5代目の子孫――ということで、次の大王に推されるのですが、まずコレがすごくあやしい。
5代なんて云ったら、もうほとんど他人みたいなモノです。
そんな遠縁の者を連れてこなければならないほど、近しい血族がいなかったとは考えられません。
実際いたのですが、王位を継ぐのがイヤで、逃亡したと伝えられています。あやしいですね。
しかも当時の都であったヤマト地方ではなく、まったく別の場所(河内ですが、コレも意味シン)で即位をしており、さらにその後、何と20年もの間(別の資料では7年)、ヤマトに入ることはできずに、各地を流転していたのです。

コレはどういうことか?
継体大王の継承が問題なかったのなら、すんなりヤマトに入ればよろしい。
なのに、まるで“入ることができない”かのように、継体大王は流転しています。
反対勢力があったのでしょうか?
それにしても、彼を推す勢力があって、わざわざ越前から招いておきながら、この有様は少々ふにおちませんね。

もう少し深く考えてみます。
継体大王は20年(あるいは7年)の間、何をしていたのか?
ただヤマトの味方が、自分を入れてくれるのをじっと待っていたのか?
しかしその後の後半生の積極性からくらべたら、そんな消極的な待ちの姿勢は、ちょっと考えられません。
大体、そんなのんびりしていて、味方が敗れたら、もうどうにもなりません。
継体大王の即位以前のヤマト地方の動向は、何もかも不自然ですね。
では一体、何があったのか?

おそらく……武力の行使があったのでしょう。

こうして考えると、応神大王の5代目の子孫なんて云う、いかにもとってつけたような血縁関係も、後からこじつけのようにみえますし、何年もヤマト地方に入れなかったと云うのも、納得がいきます。
継体大王と、それ以前の大王との間には、まったく血縁関係がなかった可能性もあります。
越前に勢力を持っていた豪族の長ヲホドが、彼を推挙した河内の豪族の下で“即位”をし、自分を正当な後継者だと喧伝して、それから転戦し、ヤマトの王権を掌握したとみる方が自然でしょう。
もしかしたら、まったく血縁関係がなかったわけではないかもしれませんが、第一後継者の逃亡があったコトをみても、武力をともなった非常に大きな政権の交代があったことは間違いありません。

また前王の武烈大王のコトは、ずいぶん悪く云われていますが、王権が交代したら、直前の権力者を暗愚にしたてあげて、簒奪の行為を正当化するコトは、ありがちなことです。
さらに継体が娶った女性は、各地の豪族たちの娘で、これまでの大王の婚姻関係とは、あきらかに傾向が異なります。
継体の息子、欽明大王を生んだ女性が、先の王権の血族を引くというコトも、非常に意味あり気ですね。

継体大王の勢力の背景になっているのは、越前などの地方の豪族です。
ヤマト大王自体、創立期は吉備や畿内の豪族による連合政権と考えられますので、この抗争はヤマト王権と云う巨大な権力をめぐる、豪族同士の代理戦争のようなモノだったのかもしれませんね。

現在の天皇家は、ヤマト王権が成立してから数えていますが、その後の政権の混乱をみると、おそらくその血統は現在には継承されていないと思われます。
実は継体大王の祖先とされている応神大王期にも、政権の混乱があったとみられ、まったく別の系統が政権を奪取している可能性があるのです。
この古墳時代だけでも、数度の王権の交代があった可能性は、非常に高いのです。
ちなみに継体大王からの血統は、ボクらのあずかり知らぬトコロで途切れていなければ、現代まで継承しているとみられています。

最近、昭和天皇の靖国参拝についてのメモが発見されたというニュウスがあって、ずいぶんとかまびすしかったですね。
本物か、ニセモノか?天皇の真意は?なんて大騒ぎ。
でもそういう議論って、結局は自分たちの主義主張を押し通すために、都合のいい歴史を補強材料として使ってるだけ。

事象には“陽”の面もあれば“陰”の面もある。
そのほんの一部を抽出して、全体と整合させる。それが歴史の検証ってヤツ。
自分たちにとって都合のいい“事実”がひとつ出たら、それでモノゴトすべてが自陣側に引きずりこめると思っている、そんな安易な“綱引き的歴史観”は、厳に戒めなくてはならないのです。

歴史なんモンはね、平然とウソをつくんですよね。
油断してると、しっぺ返しくらいますよ。
ソコんトコわきまえて、歴史なんてモノとはお付き合いしなくちゃ。騙されないようにね。

継体大王の事業の中でもうひとつ、事実と大きく違ってゆがめられて伝えられたものがありますが、ソレはまた今度でも。
ではまた。
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by uts_home | 2006-07-27 23:26 | コラム
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