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【歴史は平然と嘘をつく (2)】

前回は6世紀の前半の、継体大王のハナシをしました。
王権を継いだものの、20年もの間ヤマトに入ることができずに流転した、謎の大王です。
血縁も非常に薄く、越前(今の福井県)の豪族であった彼が、なぜか後継者として推挙されたのか、歴史上の謎と云われています。

ボクはこれら一連の動きから、血縁がない、もしくはあっても非常に薄く、本来は大王になることなどできない立場にあった継体が、もしかしたら武力の行使によって、王権を簒奪したのではないだろうかと考えています。
もしそれまでの王権と血縁関係がないのであれば、現在の皇室のはじまりは、この継体大王であると云えるでしょう。

さて、同じく6世紀の前半におきた「筑紫国造磐井の反乱」という事件をご存知でしょうか?
今でも学校の歴史教科書では教えているのかは知りませんが、簡単にまとめると、新羅に奪われた朝鮮半島の領土を奪いかえすために派遣された“朝廷”の軍を、北部九州に勢力を持つ「筑紫国造磐井(つくしのくにのみやつこ いわい)」が阻止して“反乱”をおこし、ヤマト王権はこれを討伐した――ということです。
戦前までは、天皇家に逆らった逆賊の子孫として、肩身がせまい思いをしていた……と八女地方の古老が冗談半分にしゃべっているのを聞いたことがあります。

しかし近年の研究では、これに対して疑問も出はじめています。
はたしてこれは“反乱”と云えるものであったのか……?





ヤマト王権の成立は、ヤマト地方単独ではなく、畿内各地、吉備、北部九州、出雲などの有力豪族によって支持された、連合政権の意味合いが強いと云われています。
ヤマトの勢力は時代が下がるにつれて、影響力の大きな各地の勢力を無力化していきます。
それまでの体制をになっていた地方豪族の存在は、徐々に邪魔なモノになってきたのでしょう。
継体期以前の倭の五王の時代などは、王権内部での王族や畿内豪族の暗闘はすさまじく、無政府状態におちいった時期もあるぐらいです。
ヤマト王権としては、これらの諸勢力を無力化して、強力な中央集権国家の成立を推し進めている必要がありました。
その過程で、北陸出身の継体が王権を継ぐというのは、国家の成立をうかがう上で、何やら裏で何かあったようなおもしろいハナシですが、今日はそこまで踏みこむことはできません。
とにかく継体が継承した前後から、ヤマト王権は急速に勢力を強めていき、中央集権化が推し進められていくのです。

この時期、各地の豪族の首長が大王の宮廷に仕える風習があり、九州からも出仕していることから、磐井がヤマト王権に対して臣従する立場にあったことが推測されます。
その大王の軍隊の行動を、磐井が阻止しようとしたのですから、ハタから見たら“反乱”ととらえることもできるでしょう。

しかし磐井の勢力基盤は、現在の福岡、熊本、大分の一部にまでおよぶもので、ある程度独立した勢力であり、ヤマト王権に対して、対等に近い意識を持っていた可能性も大きいのです。
当時のヤマトの王権と磐井の関係は、臣従しているような、連合政権の一翼をになうような、半独立のような関係であったのではないでしょうか?

それ以前に、半島外交のためヤマト王権が、九州の豪族たちに要求してきた負担は大きく、そのままでは無条件にその統治機構に組みこまれてしまう危険があったと思われます。
元々、磐井をはじめとする地方豪族は、信義によって従属していたのではありません。
その権勢を後ろ盾とし、地方での自身の権力の強化をはかっていたのです。
完全に臣従すれば、そのうまみはなくなり、代わって負担が大きくなります。
すでに半島での介入を強いられ、軍事力の負担が増える一方、成果は少なくなっていったと考えられます。
それまで半ば独立のカタチであった磐井らにとって、完全な臣従は容易には受け入れがたいことでしょう。
また朝鮮半島の外交戦略について、ヤマトと磐井、別々の方向性を持っていた事実があげられます。
ヤマトと手を切り、代わって独立性を高めるべきか……

“磐井の乱”は、そのような時期におきたのです。
これらの事情から磐井の挙兵は、独立を達成し、ヤマトの従属から自由になるという“自衛的戦争”という面が強かったと考えてよいでしょう。
“反乱”ではあるものの、単純に“反乱”とかたづけがたい――ボクはそう考えます。

“反乱”は結局1年半もの長きにわたり、磐井は殺害され、息子の葛子(くずこ)は降伏し、ヤマト側が勝利します。
この争乱によって、九州におけるヤマト王権の勢力は確立し、中央集権化が進み、後の日本国の原型ができあがりました。
もしこの争乱がなかったら、その後もしばらくは列島各地で勢力争いがおき、ボクたちがまったく知らない歴史が進んだかもしれません。
一般にヤマト王権による集権化の最後の大仕事が、この対磐井の争乱であったと云われ、また日本が最初に経験した“戦争”であったとも云われています。
歴史上、この争乱は古代史における、重要な転換点だったのです。

ですが、歴史はボクたちにそのことを、おおい隠そうとします。
磐井は『日本書紀』では「筑紫国造磐井」と記述されていますが、この国造(地方行政官というような意味)の制度は、中央権力が統治形態として区分した支配単位なワケで、磐井より後でできたものです(その基礎となったものは、もっと前からあったようですが……)。
よって、当時は「筑紫国造」などと云う“官職”を持った「磐井」なる人物は、存在のしようがありません。
『日本書紀』は、8世紀以降に成立したものですから、編者が当時の制度での呼び名を使ってしまったワケですね。
ちなみに『日本書紀』に先立つ『古事記』では「筑紫君石(磐)井」として記述していますが、本来『帝紀』としての意味合いが強い『古事記』に、磐井のような人物が登場するのはきわめて異例で、それだけ古代における重要な事件であったことが推測されます。
また13世紀に著わされた『釈日本紀』には「雄大迹(ヲホド)天皇の世に当り、筑紫君磐井、豪強暴虐にして皇風に偃(ふ)さず」と、磐井が悪逆な人物であり、王権に従わなかった人物として記述されています。

これは磐井という人物を、国家の統治体制の中に組み入れることによって卑小化し、その争乱そのものを“反乱”という、低いレベルでかたづけてしまおうとする、国をあげての意図があったと思います。
磐井は死してなお、権威を傷つけられるのです。しかしこれは、万古普遍の敗者の運命なのです。

このような、勝者の側による歴史のねつ造、ウソは限りないと思います。
特に文書はウソをつきます。公文書なんて、上っ面だけのコトしか書きませんから、もっとも危ない。
文書、実在の資料、あるいは民俗風習、多くの視点から事象のクロスチェックする必要があるのです。

前回のハナシにもつながりますが、天皇家ですら、過去に正統の血縁の断絶はありました。
武力による断絶か、もっと他の要因か、またそれをどのように回避したのか、あるいはゴマかしたのか、それは今後の研究が待たれますが。
おそらくボクらが何気なく信じこんでいる歴史的“事実”の中にすら、先人たちのウソやねつ造は、無数にあるでしょう。
それらのウソやねつ造を暴くことも、大切な歴史の検証なのです。

何度も繰り返しますが、歴史ってヤツは平然とウソをつくんです。
それはもう、歴史の第2の天性みたいなもので、人間がいくら手なずけようとしたってダメなんですよ。
ソレを忘れちまったら、ボクらはウソに流されて、とんでもないトコロに到着してしまいます。
大切なのは、ウソを見抜く眼、批判する眼、そして誤りを誤りとみとめることができる度量。
安っぽい矜持のために、歴史は動いちゃくれませんよ、ね?
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by uts_home | 2006-08-25 22:25 | コラム
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