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希望のためのキーワード--by T.N.君の日記
 今の日本にあって希望の兆しなんて見つけるのは至難の業かもしれません。きっとこんなお題を出して何を書かせたいのだろう、と皆さんかなり訝しく思われたのではないでしょうか。僕も正直「希望」をなかなか実感出来ないでいるのですが、他の方々はどんなところに希望を見出していますか、とちょっと聴いてみたくなったというわけです。無理難題を押し付けて申し訳ありませんでした。

 僕は「21世紀的パラダイムとは何か」ということに前からわりとこだわっているのですが、その中で僕自身がキーワードではないかなと思っているものを紹介します。

1)時間・曖昧さ
2)死
3)仏教あるいはアニミズム
4)実践あるいは内発的発展
5)エスペラント
6)結果としての社会主義
7)エネルギーを輸送する

 かなり抽象的なキーワードですみません、つい、○○は幾つあって、と数字を挙げてしまう癖があるので、結構思いつくままに適当に列記してしまいました。どれもまだ希望の根拠や希望の具体像を明確に示すことは出来ないのですが、漠然とこの辺りがうまいこと繋がっていったら面白いなーと思っています。

この中のいくつかについて漠然と書いてみたいと思います。 



1)時間・曖昧さ

 唐突ですが、昨今の個人や社会の問題の多くは、時間の捉え方に起因しているのではないかと常日頃感じています。
 20世紀後半の価値は「成長率」という言葉に象徴されるように、専ら「変化率」とその「傾き=トレンド」に重点が置かれていたのではないかと思います。そしてこの変化率とか傾きを数学的に表現すると「微分」ということになろうかと思いますが、「微分する」とはまさに時間を「点」で捉えるということなのですね。で、この微分的手法というのはトレンドが右肩上がりのときは実に客観的で分析的でいいのだけれど、世の中の様々なものが今日のように飽和状態に近づいてしまうとトレンドって何も示していないのに等しいのではないかと思うのです。しかし、多くの人は時間を「点」で捉えることこそが合理的で科学的だと思っているし、何に関してもヒステリックに反応する昨今の様子を見るにつけ、「点」で捉える時間の概念に縛られ過ぎているのではないかと感じてしまう訳です。蛇足ですが、以前、還元主義的手法の限界というような文章を書いたことがありますが、その限界の類似性が微分的時間の概念の限界とよく似ていると感じています。あの時は、その限界を認識し云々・・・とお茶を濁したわけですが、あれから、その限界を超えるというか限界と共存するにはどうしたらいいのかという点について考えてみると、単純に微分の反対、「積分」として時間を捉えることなのではないかと思うのです。「積分」で時間を捉えるなんてカッコつけて言っていますが、ようは至極当然なのですが、物事の現象を連続する時間あるいは蓄積する時間の中で捉えるということです。僕は、物事をもう少し積分としての時間で捉えることが出来たら、結構今の閉塞状況の解決の糸口が見えてくるのではないかと漠然と感じています。
 よく「人間性を失った社会」だとか「人間性の回復を」と決まり文句のように言われますが、ではその「人間性」とは何なのか?というところに結構僕は引っかかってしまいますが、「人間性」とは「連続性の中で時間を捉える」ということなのではないか、と漠然と感じるわけです。生命も秩序も複雑系であり、その存在はカオスなのだと思います。だから、事物を、時に分析的・還元論的に捉え、時に曖昧さを曖昧さのまま捉える、そのような「タイムトラベル」が出来ることを「知恵」とか「叡智」というのではないかと感じています。

2)死

 こんなことを言っては不謹慎なのですが、そして僕は信仰を持っていないのですが、「死ねる」ことは、究極的な「希望」だと感じています。「死」を2番目に挙げたのは時間の捉え方というのに関係が深いからなのですが、「連続する時間」で捉えなければはならない問題はなんといっても「死」の問題だと思うからです。というか、「死」についてまじめに考えれば、自ずと「連続する時間」で捉えざるを得ないと思うのです。
 昨今の「死」や「健康」に関する議論を聞いていると、なぜ「死」という問題までも「点」で捉えようとするのかという疑問が湧いてきます。「点」で捉えている限りは、「死」に付随するイメージは敗北や恐怖といったネガティヴなものでしかあり得ず、そのことは更に「死」を否認するという悪循環に陥らせてしまいます。人は誰もがいずれ死に、ましてや死を否認して死ぬことは出来ないという宿命を背負っているのです。だから死を「否認」するのではなく、「死」についてみんながもっと豊かなイメージを持つことが大切なのだと思います。そうすれば、逆説的だけれど、かなり生きる希望が膨らむのではないか、それに「死」についてイメージすることは物事を連続した時間として捉える「練習」としてうってつけなのではないかと感じています。
 キューブラ・ロスは「死ぬ瞬間」でまさに「死は連続する時間の中にこそ存在し、そこに希望が宿る」ことを著しましたが、その後、「死」の捉え方はかなり変化してきています。死を先日のETV特集を見ても、「緩和医療」がかなり進歩し、医療者の認識においてもターミナル・ケアの概念が定着しつつあることは間違いないことが実感できます。今後、「ターミナル・ケア」という名のもとの切捨て医療にならないところに、「尊厳死」という言葉だけが独り歩きして「傲慢さ」に陥ることのないところに立脚する、豊かな死のイメージを具現化する「緩和医療」が充実すれば、僕らの未来には希望があるのではないかと感じています。安心して死ねるのだもの、生きることがどれだけ楽しいことかと、単純に思えます。
 それゆえに、昨今の脳死や尊厳死に関する議論には「知恵」や「希望」がないなーと感じますし、cureではなくcare部門への医療・福祉の充実は今の日本における最重点予算配分領域だと思います。そして地方の再生はこの点を抜きにしてはあり得ないと思います(おっと立会演説会みたい)。難しいのは、制度だけの問題や、個人の死生観の問題のみに矮小化してしまっては希望の芽は摘まれてしまう点です。制度もさることながら、一人一人が連続する時間の中で物事を捉える姿勢が今とても重要なのではないかなと感じています。



 長々と思いつくままに駄文を書き連ねてしまいました。またしても独りよがりな文章になってしまい恐縮です。
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by uts_home | 2006-09-27 00:00 | コラム
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