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「ふたつの希望」  ‐日替わりコラム‐ by 愚樵空論
申し訳ありません。「希望の兆し」なんてお題は難しすぎます。とてもとても正面から挑むことはできません。んだもんで、逃げます。お茶を濁すともいうのでしょうか。
で、その逃げ込む先は、またしても音楽です。森の中へ逃げ込むという手もあるのですが、森では回線が繋がりませんので、皆さんとは切れてしまいます。それは辛いので、音楽あたりで踏みとどまることにします。

今回は2つ紹介させてもらいます。んでもって少しだけ、その音楽から覗くことが出来る希望について書いてみます。





ひとつめの音楽は、J・S・バッハの『マタイ受難曲』。この作品は西洋音楽の中でも最高傑作との呼び声が高いものです。福音書の中の、イエスの受難を描いた受難節を題材にした音楽劇で、西洋文化の精神の中核をなすキリスト教の精神の核心に鋭く迫っています。演奏時間は3時間を越える長大な作品で、有名なエピソードがいろいろと詰め込まれています。その全てを紹介することはとても出来ませんので、ひとつだけ、「ペテロの否認」の場面を取り上げます。有名なエピソードですからご存知の方も多いと思いますが。

イエスの第一の弟子・ペテロは、イエスから「あなたは今夜、鶏が鳴く前に、三度私を知らないと言うだろう」と予言されます。ペテロは否定しますが、いざ、イエスがユダヤの祭司に捕らえられ、取り囲む群衆のなかで「オマエもイエスの一味だろう」と詰問されると、「私は彼を知らない」と逃げてしまいます。三度否定したとき、鶏が鳴きます。ペテロはそこでイエスの予言を思い出し、号泣します。
『マタイ受難曲』では、福音書の中のセリフの部分にそれぞれや役者を配し、また地の文にもメロディがつけられて(正確にはメロディとはちょっと違って、叙唱、レシタティーヴォと呼ばれる)、それを福音史家と名づけられた役割の歌手が歌います。
Und ging heraus und weinete bitterlich (外に出ていたく泣くけり)
の言葉とともに福音史家も泣くのです。そしてこの涙を受けてアリアが歌われます。
このアリアがいかに感動的か、なんて野暮なことは書きません。それは聴く者がそれぞれに感じればよいことですから。ただこのアリアが表現している感情についてだけ、言及します。

ここで描き出されているのは悔恨の念です。犯してはならない罪を犯してしまった者の、深い深い後悔の念です。いや、少し違うでしょうか。ペテロ自身の激しい後悔の念ではなく、その念を少し離れたところで共感している人の嘆き、といったほうが正確です。だからペテロの悔恨の念はより普遍化されて、人類の嘆きといったところにまで昇華されています。
私はクリスチャンではありませんので、あまり親近感のないイエスが殺害さるのを容認したからとって心の中に鋭く突き刺さってくるものを感じたりはしませんが、それでも「犯してはならない罪を犯した」という後悔の気持ちは推察できます。誰でもそうだと思いますが、これまでの人生を思い起こせば犯した失敗は山ほどあり、後悔の念の尽きることがありません。幸いにして取り返しが付かないほどの罪は犯していませんが(と思いますが)、それでもいつ犯してしまうかわかりません。ですからペテロの悔恨の涙は、全く他人事というわけではないのです。
こういった悔恨の念は人類ひとりひとりに共通のものですが、受け止めるのは各々がひとりで、つまり「個」として受け止めるしかないものです。誰とも共有できないし、共有を望むことすら憚られます。ひとりで葛藤し、苦闘するしかない性質のものです。

『マタイ受難曲』が素晴らしいのは、展開していくドラマと音楽の中でこうした人間の深い悔恨の念が提示され、それが救済されて行くからなのです。この作品はキリスト教の宗教音楽なので、この救済はキリストに帰依せよとのメッセージとともにあるのですけれど、この音楽の中でペテロの後悔の念を自分の中に見出した者なら、キリスト教を信仰するしないにかかわらず、深い葛藤を解決する大きな癒しを与えられます。そして心の中に希望の灯が点るのです。

この希望の灯は、「克服」や「成長」といった印象とともにあります。ここで発見するのは、何かしら啓示を与えられて自分が一回り大きくなったことによる希望なのです。


もうひとつは、これはガラリと変わって、日本の童謡です。『赤トンボ』『ふるさと』『夕焼け小焼け』『夏の思い出』『里の秋』『浜辺の歌』、なんでもいいし、全てといってもかまいません。先の『マタイ』とは作品としての充実度といった点では比較になりませんが、そんなことは関係ありません。これらの音楽もまた、私にとっては心の希望の灯を点してくれる音楽なのです。
こちらの音楽は、おそらく誰もが耳にしたことがあると思います。特に説明する必要はないでしょう。必要があるどころか、下手に説明などしないほうがいい。そういう音楽です。
これらの歌は、いわばソウル・ミュージックです。日本の童謡に私が何か感じるのは、それはきっと私が日本人であるから。日本で生まれ、この国の風土と民衆のなかで育ってきたからでしょう。他の国や地域ではそれぞれのソウル・ミュージックがあり、それぞれの人がそれぞれの感じ方をもっていることでしょう。

ここで少し話の流れを中断して、言い訳めいたことを書いておかなければなりません。これはあくまで私自身の感じ方、思いです。日本人でも、例えば黒人たちのソウル・ミュージックに深い共感を寄せる方もいらっしゃるでしょう。また同じ国といっても、これも例えば沖縄の人たちとは違うはずです。日本人だからこのように感じるのだ、これがスタンダードだ、ましてや、こうのように感じなければならないのだ、などと主張するつもりはこれっぽっちもありません。
こんなことは、本来ならば特に断る必要もないはずなのですが、悲しいかな、今の時代の中ではその必要性を感じてしまいます。残念なことです。

さて、話を元に戻します。
これらの童謡の中には、ドラマチックな物語はありません。葛藤もありません。あるのは美しい風景や優しい家族の姿です。
あ、ここにも断りが必要ですか。「美しい」とか「優しい」とかいう言葉を今、使いましたが、何も童謡の中に直接そのような言葉が使われているわけではありません。ただ、自然にそう感じるだけです。素直にそう思うだけなのです。
これらの歌に心を浸したときに湧き上がってくる感情、これはおそれく「もののあはれ」といったものなんだと考えます。ここには「個」を際立たせるものは、何もありません。むしろ「個」の境界線を溶かしていくように心を導いていく。美しい風景や優しい家族に抱擁されて、その中へ溶け込んでいくのです。溶け込んだ中で疲れた心が癒されていきます。そしてここでもまた希望の灯が点ります。

人間多少なりとも人生経験を積めば、誰しもが心の中に葛藤を持ってしまうものですが、こちらの希望は葛藤を克服した末に生まれてくるものではありません。こちらは葛藤をも溶かしてしまいます。「成長」ではなく、むしろ「退化」です。純真だった子供の頃に、暖かい母の胸に帰っていくのです。


世の中には様々な価値観があり、それらが入り乱れて人が暮らす社会を複雑なものにしてしまっています。そんな様々な価値観が生まれてきた元は考えたとき、その答えはおそらく希望でしょう。様々な葛藤があり、それを克服するなり溶かすなりした先に生まれてきた希望、希望があるからこそ価値観を打ち立てることができます。絶望から価値観が生まれはしないでしょう。
様々な価値観があるということは様々な希望があるということなのですが、ここで取り上げた2つの希望は、もたらされる癒しの大きさ・深さからして人間として根源的なところにある希望なんだろうと考えています。飛躍しますが、「生」と「死」の希望です。日本の童謡は「生」の根源へ回帰していく希望、『マタイ』の希望は「死」を志向し克服していく先にある希望です。「死」はひとりで対峙するしかなく、「生」は繋がりから生まれてくるものだからです。

私たちの社会には、解決が不可能にみえる深刻な対立が数多くあります。それらは皆、価値観の対立によるものです。ひとりひとりの心の中にある価値観を強制的に取り替えることはできません。互いの価値観が相容れないのなら、対立は不可避でしかも解決不能です。
しかし私たちは未だ、「生」の何たるかを解明していませんし、「死」の先のことも知りません。私たちの知恵がもっと高まって「生」と「死」を結びつけることが出来て、そこから希望が生まれてきたら...。新たな「希望の兆し」は、そこにあるのかもしれません。
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by uts_home | 2006-10-11 10:54 | コラム
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