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笑顔と夏休み-「そぞろ日記」miyau
夏休みと聞くと子供たちの笑顔が思い浮かんだ。
お題が決まってから日にちが少なく、「ええーっと、夏休み夏休み…。いかん、思い出らしいものが思い浮かばない!どーしましょー!」と思ったのですが、こうしてお題に沿ってコラムを書き始めると日ごろ忘れてしまっていた大切な思い出などを思い出すことができました。

自分独りでブログをやっていたのでは、書けないような文章を書けるのが「Under the sun」の楽しさですね。みんなありがとう。

おおっと、仕事と遊びで、1日遅れのアップになってしまいました。「そぞろ日記」のmiyauでございます。





夏休みと言われても思い出らしいことが何も思い浮かばず、記憶を辿ってみることにした。

小学生のころは、夏休みの宿題を最初の一週間もしくは最後の一週間にやっつけてろくに勉強などしないで遊び呆けていた。夜は早寝で朝はすこぶる弱い、眠ってばかりの小学生だったゆえに、早朝のラジオ体操も首から下げるスタンプカードは満杯になった試しもない。読書三昧でもなく、だらだらとテレビにお守りされるていたらくだった。
水泳というよりは、水遊びが大好きで、学校のプールには毎日のように通っていた。
強烈に照りつける鹿児島の日差しから水中に逃れて涼を得ることが最大の目的だったように思う。潜水して空を見上げるのが好きだったからかもしれない。
私の実家の周辺は、笠ノ原台地の上にあり、小学校も台地の上だった。今でこそ人口もそこそこなのであるが、シラス台地というやたらと水はけの良い台地(約2万5千年前に姶良カルデラで起きた巨大噴火によって発生した入戸火砕流によって形成された二酸化珪素を多く含む、白っぽい土壌である。内部を顕微鏡で観察すると無数の気泡が含まれており、そのため軽くてもろく水に流されやすいという性質を持つ。これが百数十メートルにもわたる高さに堆積した台地である)。そのため、台地の縁は、露出するとすぐにがけ崩れを起こす。水はけが良すぎて洪水は起こりにくいが米作に向かず、地下水までの距離も百メートル以上あったので、近代的な設備が設置される以前は、生活に必要な水を雨水に頼っていたほど人が住み難い過酷な土地だった。
台地の上では水に困っていたが、反面、シラス台地はその透過性からミネラルを豊富に含んだ非常に良質な水を生む。水に関係する地名が台地の周辺に多いのもすばらしい水が湧き出ていることが理由なのだ。
私の通った小学校は、地下数百メートルから良質の水をくみ上げてプールに使っていた。殺菌のため塩素を入れるとはいえ、格別の心地よさだった。
あるとき、台風が接近したおかげで、ほとんどの子供たちはプールに来ず、大きなプールに監視を担当してくれているPTAのおばちゃんと、その子供しかいない日があった。
ぬらっと湿った台風前の空気とだんだん強くなってくる風。いつもよりも厚い雲で重たく垂れ下がっている空のもと、そんなことよりもプールが貸切であることに喜び、時間の許す限り水の中を泳ぎまわっていた。

冷たい水から出た後の冷え切った体には、真夏の太陽の灼熱を「あたたかく」感じたことを思い出す。
高学年になると、当時加入していた合唱団でほかの小学校の生徒たちと合宿したり、歌ってばかりいた。

中学生のとき、私は激しいいじめにあっていた。夏休みは、理不尽ないじめを受けないですむ「安全な」期間だった。同様の理由で早く帰宅できるテスト期間も安全だったので、成績の良し悪しにかかわらず幸せと思っていた。
夏休みには、一緒にいてくれる心優しい友人の薦めてくれた本を借りて読んだ。その子は、ミステリやSFの好きな私と違い、大人びた少女だったので、太宰治の「人間失格」だった。未熟な私には彼の懊悩が全く理解できず意味不明だった。

夏休みは、日本語の通じない同級生たちから解放される貴重な休みだった。

高校時代は、一年生のとき音楽部の合宿で学校に泊まったことが懐かしい。
音楽部とはいえ、発声のために腹筋を1日100回とか今では意味不明なほど鍛えた(笑)。
受験校だったため夏休みの前半の2週間と後半の2週間は、課外授業があり、実質1週間しかなかった。短い夏休みだったと記憶している。

大学時代には、勉強会の仲間と一ヶ月長野の白馬村に合宿した。民宿でプライバシーなど皆無に等しい環境で勉強漬けだった。集団生活が苦手な子もいて、精神的に参ったその子を励ましたり、今でも親友のMとお互い泣くほど激論をしたことも思い出深い。
見解が一致しなくとも、信頼関係で結ばれるということを実体験として持てたことは私の人生にとって最も大きな財産となっている。

その思い出の数々は、自分の両親をはじめ大人が平和な社会を築いて、子供たちのことを考えていたから生まれた。

夏休みは、自分で思っていたよりも色々なことを学んでいた。きっと今頃、多くの子供たちが、遊んだり癒されたり、学んだりしていることだろう。
「希望格差社会」と言われる時代に、学生時代の夏休みを大事に思い出せるような大人になって、彼らが今と未来を笑顔で過ごせるように、自分にできることは何だろうと思う。

こうして、言葉をつむいで世界と向き合うことで、笑顔を少しでも増やせるといいね。
私自身も幸せを感じることができる。他者の喜びや笑顔が無ければ自分自身も幸せな気持ちではいられない。この単純な事実を忘れている大人たちにも夏休みが必要かもしれない。抑圧や暴力から笑顔が生まれないことを夏休みを体験して思い出して欲しい。
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by uts_home | 2007-08-07 01:26 | コラム
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