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「肯定的こだわりと否定的こだわり」by華氏451度
 こだわる……ということを、実のところ今まで真面目に考えたことはない。自分の「こだわり」や、こだわりの是非についても含めて。だから今日は、「こだわる? えっ? 何やねん、それ」という感覚のままに、脈絡なく文を綴ってみようと思う。

 ひとは肯定にこだわるのだろうか、それとも否定にこだわるのだろうか。いや、おそらく両方ともアリなのだろうけれども、どちらのベクトルが強いかは人によるような気がする。妙なたとえになってしまうが、たとえば誰かとメシ食おうよという話になった時――「中華を食べたい! それも四川料理がいいな。四川料理だったら上野に○○って店があってさぁ、あそこの麻婆豆腐が……」などと言うのは前者。「あ、麺類だけは苦手なんよね。それと、今日は胃腸の具合がよくないから脂っこいものはちょっとなー。それ以外なら何でもいいや」と言うのは後者、という感じだろうか。
(毎度のことながら、どうでもいいようなしょうもないたとえで失礼。日常的な些末な場面を背景にして考えないと、アタマがまとまらない癖がありまして……。これも一種の貧乏性だろうか)



◇◇◇◇◇

 自分自身のことを考えると、どうも私は後者であるようなのだ。「これだけは勘弁して」というものはある。でも、それさえ忌避できれば後は割とどうでもいいような。少し前、同業者数人と組んで、10巻だったか12巻だったかの子供向けの本を作る仕事をした。その準備段階で誰がどの巻を担当するかという話になった時、私は自分が苦手とするテーマのものを1つ2つ取り除けて、「ほかはどれだっていいや」と言った覚えがある。で、他の仲間がそれぞれに選んだ残りのものを担当した。
 思えば、いつも私はそんな生き方をしてきたようだ。むろん、時には「これでなければ」とコダワル局面もないではなかったけれども、子供の頃から多くの場合は消去法的なこだわり方であったような気がする。
 もしかすると、あまり自己主張が強くないのかも知れない。きわめて「日本人的」な、飼い馴らされた羊のようにおとなしい人間なのであるかも知れない。考えてみれば私は自分を個性的な人間であると思ったことも、突出した人間だと思ったこともほとんどない。生まれ育った環境に規定され、あっちへうろうろ、こっちへうろうろ、ビクビクと生きてきた心弱い蜻蛉のような存在に過ぎないことぐらいは、いくら何でも身に染みているつもりだ。
 あるいは……単に臆病なのかも知れない(いや、確かに私は小心者ではあるのだけれども)。多分、子供の頃からそうだった。
 もっとも大人の眼から見ると、「これが好き」「これが欲しい」と明快に主張する子供に比べ、「これは嫌い」「これだけはヤだ」と否定形でモノを言う子供は可愛気がないらしい。我が儘だとか子供のくせに気難しいとか、耳にタコが出来るほど言われたものである(自分としては、これじゃなきゃヤだと言ってるわけじゃなし、扱いやすい子供だろうに、何で文句あるんだと少々不満だったけれども)。だがそう言われるたびに、私の中で――肯定よりも否定の方がコンセンサスを得ることが難しく、「(何かを)選ぶ」ことよりも「(何かを)選ばないこと」のほうがはるかにエネルギーを必要とするのだという思いが積み重なった気がする。

 学校も職業も、イヤなものを消去しながら選んだ。これだけはイヤだ、あそこだけはイヤだ、こういう仕事だけはしたくない。私が勤め先を辞めたのは、思想信条的に――とまでは言うまい。そんな高尚なものではなく、「そりゃヤだぜ」という発作的な感覚に突き動かされてに過ぎなかったのだけれども、ともかくそれだけは勘弁してくれという部署への異動が決まったことだった。徒手空拳で闇夜に船出する愚を知りながらも、私は「これだけはヤだ」という自分の感覚に引きずられざるを得なかったのだ。当時の同僚たちは(年も年でありまするからして)それなりに権限を持つ地位にのぼっており、おかげさまで時折彼らから仕事をもらったりもする。そんなとき……「あんたもちょっと辛抱したらよかったのに」と言われたり、惜しいなとお世辞半分に言われたりもしながら、膝をガクガクさせつつ「でも、イヤですから」と言い、震える手で辞表を出した自分を最低限のところで認めてやらねばなるまいとも今も思う。

 もっとも、否定形でモノゴトを選びとっていくのはあまりいいことではない、という認識も子供の頃からあったような気もする。だから一時はそういう自分を本気で矯正しようと思い、「これは嫌い」「これだけはイヤだ」「これは選ばない」といった言葉を封印して、意識的に「これが好き」「これが正しい」「こうすべき」といった物言いを選択した時期もあった。
 
 だが……所詮はメッキはメッキであるようだ。年を経るにつれて(苦笑)借り着が苦しくなってきたのだろう、私の視線はまた子供時代のそれに戻り、次第に「他の人のことは知らない。でも、自分はヤだ」という言い方が増えてきたような気がする。それがいいか悪いかという価値判断などは、私はするつもりも時間的・精神的な暇もない。

(これは昔っからだけれども)私は国歌というものがどうしようもなく嫌いだ。むろん「君が代」は大っ嫌いだが、これに替えてもっと民主的な歌が国歌になったとしても、私はやはり「ヤだ」と言うと思う(ちなみに私は地球上のすべての、国歌なるものを生理的に受け付けられないのである)。国歌は嫌いだから歌わない。聞きたくもない。もちろんそれが大好きという人はいるだろうし、そういう人の感覚についてとやかく言う気は私はない。だが、嫌いだという――歌いたくも聞きたくもないという私の感覚も認めてくれ。最低限、それだけでいい。

 何だか……話が散漫になってきた。ちょっと焦点を絞るべきかな(って、どう絞ればいいのかはわからないし、そもそも絞るなんて徒労だという感覚も私のどこかに根強く流れているのだけれども)。

 ……「これだけはイヤ」という観点でもの見るというのは、いわば「最悪の選択肢だけは避けたい」ということである。最悪の選択肢が避けられるならば、次善、三善でもいい……あまり芳しくないとしても、とりあえず最悪の事態を避けるのが目下の第一の課題であるという考え方。

 それが正しいのかどうかは、私はわからない。死ぬまで……いや、死んでもわからないかも知れない。

 もちろん、いかに私でも理想はある(たとえば私にとって、国家とか国境といった概念が現実生活において何らの意味も持たない世界が理想なのであるけれども)。手に入れたい、あるいは垣間見たい世界はある。しかし、その世界は「今日願って、明日手に入るもの」ではない。その時に、どんな選択をしていくのか。

(……それを考えたとき、私は己がどの地平で、どのように引き裂かれているのかを電撃的に理解せざるを得ない。……)

「これだけはゴメンだ」という選び方。それは及び腰の卑劣な選択かも知れない。だが……この年になってやっと、私は自分の「こだわり」のありようは「これだけはイヤだ。あるいは「これだけは許せん」という部分にしか存在しないと納得し始めている。この世に、絶対のものなどめったにない。その部分を侵されることを拒絶するだけが、虫けらのような存在である自分の意思表示なのだ。

「これこそを」と選ぶ選び方と比べて、何だかくすんだ、情けない選び方かも知れない。しかし私は――自分自身でようやく納得しつつある気もする。「これはイヤだ」「これは困る」という選び方で煉瓦をひとつずつ組み上げていく以外、私はカナンの地にはたどり着けないのであると。他の人は知らぬ。少なくとも私は……というだけであるけれども。思想も感覚も、所詮は個々に人間の幻影(注:私はこの言葉をきわめて肯定的に用いている)に過ぎないのであるからして。

 それにしても……いささか蛇足めくけれども、「これはヤだ」と取り除けるものが増えてきた気はする。やーめた、という感じで椅子を放り投げた安倍首相のみならず、福田首相も私としては「ヤだ」の部類である。「これだはヤだ」の、「これ」が極限まで減る世界が……あるいは私の見果てぬ夢であるのかもしれない。  

◇◇◇◇◇

 現在、10日2日の早朝。9月30日の夜から出張に行き、10日2日の1時過ぎにほうほうの体で東京に戻ってきた。腹を減らした不機嫌きわまりない飼い猫に餌をやり、それでもさらにねだり鳴きする猫を「うるさーい」と怒鳴りつけつつシャワーを浴びてから夜食をかっ込み、郵便物とメールをチェックして返事を要するものについては返信し、その他の雑用を終えて……やっと個的な時間を獲得したところである。

 今日はまた始発に近い電車に乗らなければならないので、いっそこのまま起きていようと思い、覚めているままに酒など飲みつつUTSコラムを書いた。おかげで、いつものことながらわけのわからぬ世迷い言になってしまって……きっちりと考えながら真摯な文章をアップしている仲間に対して、ホント恥ずかしいやら申し訳ないやら。皆さん、すんません……。枯れ木も山の賑わいって感じで勘弁してください~。あ、そろそろ夜明けだ。顔洗って出かけよう……。
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by uts_home | 2007-10-02 05:17 | コラム
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