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2007コラムニスト大賞by玄耕庵日乗
一日遅れの投稿申し訳ございません。みなさまメリークリスマスです。昨夜またまた祇園で後先考えず月給の1/3を一晩で浪費して豪遊してしまい、今年は近所のスーパーで買ったチキンでひとり淋しくクリスマスを祝う素楽です。去年のクリスマス、かわいいあの娘と一緒に食べたケーキの空き箱を、一年間リビングのテーブルに置きっぱなしにしているロマンチックな素楽でもあります。なんだかんだ言いながら、クリスマスは大好きです。

さてさて、まだ本題に入りません。今回のコラムでこのニュースを知ってビックリしているのです。このUnder the Sun関係のみならず、色々と本当に個人的にもお世話になり、心の兄貴分とも人生の師とも思っているT.N.君夫妻(奥様も本当に素敵な方です。勝手に姉貴と思っております)に、お子様が恵まれたとのこと。この場をお借りして、本当に心から、お慶び申し上げます。わ~い。すごく嬉しいです。今度おもちゃのお土産でも持って遊びに行きたいです。T.N.君、奥様、本当におめでとうございます!!!

というわけで、今年も振り返ってみるといろいろありました。またまた四国から京都に転居し、友人達は生涯の伴侶や新しい命に次々と恵まれ、私はひとつの激しくも激しかった恋を失い、また郵政民営化の現場をナマで感じることができました。おかげさまで、アッテンボローさんご推薦の週間ダイヤモンドの記事も、大変興味深く読ませていただくことが出来ました。
また、夏の参議院選挙では、2年前の郵政選挙と同じような感慨を受けもし、もうどうしようもないのではなかろうか、とひとり臍を噛んだりもしました。



そんな風に今年も心の糧をひとつずつ蓄えながら過ぎていった日々でありましたが、2月には悲しいお知らせもありました。大好きだったコラムニストの池田晶子さんが永眠されたことです。私はそれほど熱心な読者だとは言えませんが、彼女の文章が大好きで、もし機会があるのなら、一度酒席をご一緒したいと思っておりました。しかしその夢は永遠に叶わないものとなってしまいました。
今年を振り返っての一番ショッキングなニュースは彼女を失ったことだと思うので、素楽的にコラムニスト大賞を天国の彼女に捧げたいと思います。

彼女が2005年を振り返って語った言葉を少しだけ引用してみたいと思います。出典はトランスビュー社発行「人生のほんとう」第6章「存在 人生とは何か」です。

人間が崩れてきた
最終回です。本年もおしまい、なんとか無事に終わったように見受けられますけれども、無事というのはどういうことかと、皆さんも思いますよね。世の中、本当にこれで無事と言えるのだろうかって。
私はもともと世間的なことには疎いほうで、あまり気にして見てはいないんですが、その私ですら、世の中かなり変になってるんじゃないかという気がします。しかも、崩れてきていることに多くの人が気がついてないのではないかという気がして、それがまた一段と怖い感じもします。
なにより皆さんも顕著に感じていると思いますが、今年は拝金主義、拝金教というのが前面に出てきた年だったという気がします。「人生はお金だ」と言ってまったく迷いがないというのは、すごいことですね。そういうものの感じ方に、あらためて驚く感じがあります。勝ち負けがお金を基準にして決まるらしい。つまりお金を持つことが勝ちだということになって、人がそれを疑っていない。ゆえに、小さな子供までがお金が欲しい、金儲けをしたいと言う。子供が夢ではなくて欲望を語る時代というのは、おそらくなかったでしょう。これまでは、宇宙飛行士になりたいと言っていたようなところを、金持ちになりたいと言う。お金があれば、実際に宇宙に行けるわけですからね。それで、そういうあからさまなものが、はばかりもなく出てきています。

ネット社会の弊害
たぶん情報化社会ということが、それに加速をつけているんだと思います。私はパソコンを持っていないから知りませんが、便利だと言って人々はああいうものを使いますね。情報検索には確かに便利には違いないでしょうが、ああいうものを使っていると、間違いなく人はものを考えなくなりますね。自分の目の前にある情報を見て、それを受け取るだけですから、目の前にある、見えている事柄しかなくなってしまいます。当然、事柄を受け取って、それを自分の力で考えるということをしなくなる。これはネット社会の悪弊ですね。
それからもう一つ、ネット社会において、これはたぶん同じ事柄として避けようがないのでしょうが、人間の悪意というものが、業のようなものとして出てきます。さっき言った勝ち組負け組という選別の基準によれば、負けに回ったと思っている人たちの一種の憂さ晴らしでしょう。ネット社会の悪意というのは、恨みつらみ妬み、何やらすごいという。そういうものを発散する場所としてのネット、あるいはまた、ある種の自己顕示欲の捌け口というのがあるようですね。ブログという形式があるらしいですが、とにかく他人に知られたいという欲求だけがあって、どうでもいい言葉を垂れ流して恥じるところがない。つまり、考えられていない言葉を口にするという行為自体への疑いが、もう存在していないんです。
科学というものが現代文明の根幹に、一つの方向づけとしてありますが、本来謎を考えるための方法であったはずの科学が、謎を忘れ、技術のみ暴走をはじめている。その根本的な勘違いによって、科学によれば何でもできる、何でもわかると人々が思い込むようになっている。
このところアンチ・エイジング、つまり年をとりたくないという人々が増えてきました。けれども生きるということは、年をとること以外の何ものでもありませんから、年をとることを反価値として拒否するなら、要するに人生を拒否しているのと同じことになります。老いることの拒否とは、人生の拒否です。そういう人生はどうしたって苦しみでしかないでしょう。だって年をとることが嫌だったら、生きていられませんよ。人々のそういうおかしな価値観、それはたぶん拝金教などと同じでしょう。つまり人生の価値が快楽にあるという古典的な勘違いですね。

脳ブームと痴呆化
あるいは、このところおかしな脳のブームが起こっていますね。脳味噌を一種の御神体として、宗教として拝んでしまうような変な傾向があります。脳を鍛えれば何でもできるのではないか、脳がイコール私だというふうな、これも一種の信仰ですね。脳が賢くなれば自分も賢くなるんじゃないかとか、そういう無茶なものの考え方をするようになる。すべては脳で語れる、と。養老孟司さんが「脳」というのは、あれは完全にレトリックですからね。そのレトリックを真に受ける人が非常に多いと私は感じています。養老さんは、脳によって世界を語ってみたのであって、世界が脳であるなどと言っているのではない。人はどうもそこを勘違いしやすい。養老さんの「唯脳論」は、世界を見る見方、一つの方法の提示にすぎないんです。
ところがそんなふうにして、人が言うことを自分で考えずに真に受けてしまう。まったく考えずに、字面を受けとるだけの人が増えてきているなと感じます。これがまさしく「バカの壁」なんですが、これすらまともに受け取られてしまう。要するに、人間が痴呆化しています。しかもそれが非常な勢いで増えている。目前のことしか見ていない。短絡というのとも違う、たんに目前のことしかない。これはもう生き方とも言えないし、そういう人々を見ていると、ちょっと呆然とする感じがあります。
そういう人たちが加速度的に増えているこの社会のこれからにおいて、たとえば私が「考える」という言葉を使って何事かを言ったとしても、まったく通じなくなる可能性がありますね。私はそのことが、どうもいよいよ実感されるようになりまして、ついに来たなという感じがします。まともな言葉が通じなくなるぞという予感ですね。

多勢に無勢
私は物書きとして言葉の力というものを信じていますが、文法が異なる人には語れないんですよ。そういう一種違う人類みたいな人々が増えたのかなという感じがします。人間の実存の変質が起こっているという言い方をしたこともありますが、堕落というよりも変質ですね。堕落というと、まだ質を同じくしているという感じがします、同じ人間であるという気がまだしますが、変質というと、堕落よりも怖いようなものがある。あ、質が変わったんだ、と。人生とは何かというような問いかけすら、あるいは消滅するのではないかという気がします。たとえば犯罪を起こす人の、世界の見方などを聞いていると、人生とは何かという問いを一生持たずに死ぬ人もいるんだな、という実感が強くした一年でした。
ですから、ここに来られたような、非常に真摯にものごとを考えようとする方々が現代社会にもこれだけいらっしゃるということは、大変うれしいことではありますが、しかし一方で、それは非常に稀有なことになりつつあるのでしょうね。皆さん、自分のそれぞれの持ち場で、職場なりなんなりで、同じような感じ方、考え方をする人はこんなに少ないのかと思われることがありませんか。(笑)私は読者の方々からの反応などを見ていて、それだけの根拠ですが、感じとして言うと、言葉を同じくしている人というのは、千人に一人という割合かなという感じですね。いずれにせよ、多勢に無勢ではあります。(笑)

無意識とカタストロフ
そんなふうにこの一年間、疎いながらも世の中のことなどを見ていて、それまではもう少し何とかなるのではないかという感じがあったんですが、それが今年は完全になくなったことに気がついたんです。言ってみれば、見切りがついた、という感じ。もう人類はだめだと、はっきり諦めがついたような感じがあります。これはだめだな、日本も滅ぶな、と。滅び方がどんな形で来るか、むろん私にはわかりません。しかし、経済的な無理をこれだけ続けていますから経済恐慌みたいなものが起こるのか、核ミサイルによる戦争の可能性もやはりあるし、東京でいえば大地震なのか・・・・・・。
大勢の人間が非常に不自然な欲望を持って生きていますから、そういうことは、大きなところで必ず帳尻が合うように物事は動くと思います。現在の人類は、言うところのカルマを非常に積んでいると思います。これは必ずどこかで自浄作用が起こる。それが自然災害であるという語り方もできますし、逆から言えば、われわれ人類が無意識の深いところでそういうカタストロフを望んでいるとも言えます。もうここまで来てしまった、これは一回チャラにしないとだめだ、チャラにしてしまいたいという気持ちを、おそらくみんなどこか深いところで持っているのではないかと思います。それがある種のカタストロフという現象を引き起こすような気が、私はします。
自然災害といえども、われわれも無意識の部分は自然なんですから、深いところで自然と無意識はつながっています。宇宙的には別のことではないはずです。だからわれわれ自身が自然災害を起こしているとも言えるでしょう。だからといって、私は絶望もしないし、逆にサバイバルしたいという気持ちがあるわけでもない。自分だけ生き残ってどうするんだという素朴な疑問がありますし、一蓮托生というのが私のモットーでもありますから、何がどうなってもいいじゃないか、と。(笑)そういう意味での決意がいよいよ固まってきたなというのが実感ですね。

自分さえ善ければ
そういう決意が固まったというのは、今までもそうであったといえばそうですが、諦めがついたぶん、いよいよ、自分さえ善ければいいんだという気持ちが出てきました。この意味、わかりますよね。(笑)つまり、他人や社会がいかに悪かろうが、私一人でも善く生きようという気持ちが強くなってきました。社会や時代が悪いからといって、自分が善く生きることの妨げには全然なりません。世の中がどんなに悪くても、私一人だけでも善い人間として善い人生をまっとうしようという決意を、あらためて確認しましたね。時代や他人など知ったことか、私さえ善ければいいんだ、と。言ってること、わかりますよね、勘違いしていませんね。(笑)でも誰でも、そういう気持ちで生きられると思いますよ、他人が悪かろうが私は善く生きる、ということです。
この勝ち負け社会、これを格差社会と言うらしいですが、そういう社会でどうやって生き延びればいいんですかと、何を勘違いしてか、私も聞かれることがあります。けれどもそんなもの、生き延びる必要なんかないんです。そんなものと価値を共有する必要は全くない。世の中の大半が金を価値としても、私は金を価値としない。私がしたいことだけをする。つまり魂として善いことだけです。そういう意味のしたいことだけをして、残りの人生を生きていきたい。世の中は関係ない。

彼女の講演はまだまだ続くのですが、転載するのも疲れてきたのでこのあたりで。
来年は私も彼女に倣って、「自分さえ善ければ」と思って生きていこうと思います。自分の魂に善いことだけをして毎日を送ろうと思います。ここをご覧になってくださる皆様にも素敵な一年になりますように。
今年も一年いろいろとお世話になりました。この場をお借りして御礼申し上げます。
では、メリー・クリスマス&ハッピー・ニュー・イヤー。
[PR]
by uts_home | 2007-12-24 16:55 | コラム
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