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長く孤独な影の中に…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo
……人類の普遍的「願い」だと私が信じる「平和」とは、実体の無い幻なのであろうか。


或る統計によれば、戦争における死者数は、18世紀が700万人、19世紀が1,940万人、そして「戦争の世紀」と呼ばれた20世紀が1億780万人だという。

たった100年の間に、この世に生をうけた人間の内、1億人以上が「戦争」によって死んだ。いや、正確には「殺された」のである。1世紀過ぎるごとに、戦死者数が1桁ずつ上がっていくという驚愕せざるを得ない事実を前にすれば、「人類の叡智」などという人間の高慢/傲慢ぶりが如何に空虚極まりないかが解る。







現代の殺戮に於いては、無差別にバラ撒かれる殺傷爆弾の放射能による癌の発症や、戦傷の後遺症、悲惨なる畸形児の誕生、膨大な自然破壊による飢餓、そして少なからず影響をもたらしている地球環境の激変による天災、等を加えれば、其の「犠牲者数」は予測不能である。

20世紀には一国家の総人口にも匹敵する人間が、自然死ではなく、殺し合いによって犬死していった。人間としての「生きる尊厳」を根底から陵辱する国家暴力は最先端の科学技術を真っ先に導入し、大量殺戮兵器の「実験場」として、戦争を「利用」してきた。しかも其の大義名分とは、何ひとつ「進歩」の無い独善的「神/正義/自由」……裏を反せば、根深いレイシズムと歪んだルサンチマンを背景とする、極一部の特権階層が暴利を貪るために拵えた虚栄の前近代的デマゴギーなのである。

常に世紀末の暗流に澱む「終末観」「退廃観」は、人類としての悲観的な未来を暗示するものだが、早くも其の具現化された「イメージ」として我々の脳裏に深く刻まれた“9.11テロ”は、身を震わすほどのリアリティをもって、今現在が「終焉の始まり」に過ぎないことを予感させた。

「怒り」に血走った眼をギラつかせたままに、全人類を巻き込んで自壊の道を突き進むアメリカ合州国は、公然と単独覇権主義を掲げ、独善的「神/正義/自由」によって排他的エゴイズムを擬装し、此の世の地獄絵図を再び塗り変えようとしている。狂った其の大国を静止する力も智慧も無い属国の代表格ニッポンは、先の大戦の罪過を忘却したままに、侵略したアジア諸国の憤怒を煽る一方で、強者/覇権国家に追随し、新たな自国の犠牲者を「歴史」に刻もうと奔走している。同時に、嘗ての狂信的天皇制国家主義の「御真影」の対象は、「天皇」から「星条旗」へとシフトし、腐臭漂うマスメディアと結託した愚劣政府の情報操作/世論操作によって、恰も「平和ボケ」こそ愚の骨頂であると、血塗れの顔で無知なる大衆を嘲笑っているのである。


……果たして、「平和」とは実現不可能な幻なのか。

少なくとも、此の国は偽装された利己的「平和」で満ち溢れている。

従順なるニッポン人は過去にどれほど痛めつけられようが、翌日にはキレイさっぱり忘れ去る「素晴らしい」民族である。低能タレント議員どもが嘘八百を並べればコロリと騙され、カネや命と引き換えとなる一過性的な狂騒/狂乱を提供してやれば狂喜乱舞し、足元の血溜まりには決して気付くことなどない。ブラウン管の向こうで、幾らイラク人が殺されようが、隣家の子どもが親の手によって未来を奪われようが我関せず。己の身が傷つかない限りは、所詮他人事だ。手許の「リモコン」を操作して授受する、腑抜けた芸人や政治屋の馬鹿ヅラと無能ぶりを嗤えば、ひと時は「癒される」のである。

……今ならば、或るニッポン人は云うだろう。
何故、好き好んで此の社会の「悲惨」に向き合わねばならないのか。
仮に他人が殺されようとも、「スピリチュアル」な世界で蘇ることができるではないか。「戦争」や「貧困」という不幸な状況で死んでいった人々は確かに可哀相だが、人間は生まれ変われるのだから、生きているうちに神や仏に祈っていれば「幸福」は訪れる、と。

……さらに、或るニッポン人は云うだろう。
政治家の大先生は、我が愛するふるさとにカネを落としてくれる。例え薄汚い卑しい人間であろうとも、「国民」から強奪したカネを人殺しに使う油に変えようと、ニッポン人よりもアメリカ政府に忠誠を誓う売国奴であろうとも、私の懐にカネを捩じ込んでくれる限りは今の「平和」こそ至上のものなのだ、と。

……別のニッポン人は、こうも付け加えるだろう。
「平和」を願わずとも、私の日常は「平和」なのである。ならば、願う必要もない。何が「平和」で、どういう状況が「平和」でないのか。国家、社会、階層、年代等によって「価値観」は異なる。オマエが押し付ける「価値観」で、オレの思想/言動を歪めること自体が「平和」を脅かすものだ、と。


私は、彼らの足元を視る。
踏み潰されて息も絶え絶えとなった「平和」の残滓を。

日々塗り替えられていく「犠牲者」の数を一人一人数えながら、後ろを振り返る。
其処にいつも認めるのは、争いの無い「平和」な社会の実現を願う長い長い影である。


そして、想う。
……私の信じる「平和」が幻であるものか、と。
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by uts_home | 2008-01-29 00:14 | コラム
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