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願い・・・それは目を見開き自分の頭で考えること by玄耕庵日乗
すみません!新年1発目のコラムだったというのに、9連勤や遅めの新年会や送別会なんかにかまけて(飲んでばっかりの1月でありました・・・相変わらずな自分にトホホです)、久しぶりの休日となった今日までしばらくPCを立ち上げていなくって、コラムの日程を認識していなく、大幅な遅刻となってしまいました・・・申し訳ありませんm(_ _)m。

新年最初に臨むコラムということで、久しぶりにこの「Under the Sun」の命名の由来となったジミー・クリフの「UNDER THE SUN, MOON AND STARS」を聴きながら、ゆっくり筆を進めて参りたいと思います。



「願い」というテーマだそうですが、ジミー・クリフを聴いていると、ちょうどこのUTSを立ち上げた頃に一緒によく聴いていた大好きだったあの娘のことが思い出され、久しぶりに連絡してみました。3月に第1子が誕生する予定で、元気そうな声で「妊婦生活楽しいよ♪」と言ってくれるのを聞いて、こちらもホッとしたり嬉しくなったりしながら、是非とも無事元気なお子様を産んで欲しいなと思ったのでした。そして、これから生まれてくるすべての子供達に対して、同じような気持ちを感じて、なんとなく一人で玄耕庵の炬燵でゴロゴロしながら、大きな愛に包まれている世界を連想したりして、幸せな気持ちに浸っていたのであります。あ~ぁ、他人の家庭の事ながら出産楽しみだなぁ。早く素楽セレクションの絵本でも持って、お祝いしに行きたいなぁ。他人の子も、自分の子みたいなもんだ。機会があれば存分に可愛がってあげよう。

さてさて本題ですが、私の願いは、やはり民主主義の発展でしょうかね。先日の大阪府知事選では、私的には非常に残念な結果になってしまったわけですが、それでもこういう結果を生む世相や意識と対峙せざるを得ないわけであります、私の魂の安寧のために。そのためにはどうするのか・・・今年最初に買った書籍の中から、カントの「啓蒙とは何か」を少し引いて、そのヒントにしたいと思います。

「啓蒙とは何か」

◇啓蒙の定義
啓蒙とは何か。それは人間が、みずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである。人間が未成年の状態にあるのは、理性がないからではなく、他人の指示を仰がないと、自分の理性を使う決意も勇気ももてないからなのだ。だから人間はみずからの責任において、未成年の状態にとどまっていることになる。こうして啓蒙の標語とでもいうものがあるとすれば、それは「知る勇気をもて」だ。すなわち「自分の理性を使う勇気をもて」ということだ。

◇未成年の利点
ほとんどの人間は、自然においてはすでに成年に達していて(自然による成年)、他人の指導を求める年齢ではなくなっているというのに、死ぬまで他人の指示を仰ぎたいと思っているのである。また他方ではあつかましくも他人の後見人と僭称したがる人々も跡を絶たない。その原因は人間の怠慢と臆病にある。というのも、未成年の状態にとどまっているのは、なんとも楽なことだからだ。わたしは、自分の理性を働かせる代わりに書物に頼り、良心を働かせる代わりに牧師に頼り、自分で食事を節制する代わりに医者に食餌療法を処方してもらう。そうすれば自分であれこれ考える必要はなくなるというものだ。お金さえ払えば、考える必要などない。考えるという面倒な仕事は、他人がひきうけてくれるからだ。
そしてすべての女性を含む多くの人々は、未成年の状態から抜けだすための一歩を踏みだすことは困難で、きわめて危険なことだと考えるようになっている。しかしそれは後見人を気取る人々、なんともご親切なことに他人を監督するという仕事をひきうけた人々がまさに目指していることなのだ。後見人とやらは、飼っている家畜たちを愚かな者にする。そして家畜たちを歩行器のうちにとじこめておき、この穏やかな家畜たちが外にでることなど考えもしないように、細心に配慮しておく。そして家畜がひとりで外にでようとしたら、とても危険なことになると脅かしておくのだ。
ところがこの<危険>とやらいうものは、実は大きなものではない。歩行器を捨てて歩いてみれば、数回は転ぶかもしれないが、そのあとはひとりで歩けるようになるものだ。ところが他人が自分の足で歩こうとして転ぶのを目撃すると、多くの人は怖くなって、そのあとは自分で歩く試みすらやめてしまうのだ。

◇未成年状態から抜けだせない理由
だからどんな人にとっても、未成年の状態がまるで生まれつきのものであるかのようになっていて、ここから抜けだすのが、きわめて困難になっているのである。この未成年状態はあまりに楽なので、自分で理性を行使することなど、とてもできないのだ。それに人々は、理性を使う訓練すら、うけていない。そして人々をつねにこうした未成年の状態においておくために、さまざまな法規や決まりごとが設けられている。これらは自然が人間に与えた理性という能力を使用させるために(というよりも誤用させるために)用意された仕掛けであり、人間が自分の足で歩くのを妨げる足枷なのだ。
だれかがこの足枷を投げ捨てたとしてみよう。その人は、自由に動くことに慣れていないので、ごく小さな溝を飛び越すにも、足がふらついてしまうだろう。だから自分の精神をみずから鍛えて、未成年状態から抜けだすことに成功し、しっかりと歩むことのできた人は、ごくわずかなのである。

◇公衆の啓蒙
このように個人が独力で歩み始めるのはきわめて困難なことだが、公衆がみずからを啓蒙することは可能なのである。そして自由を与えさえすれば、公衆が未成年状態から抜けだすのは、ほとんど避けられないことなのである。というのも、公衆のうちにはつねに自分で考えることをする人が、わずかながらいるし、後見人を自称する人々のうちにも、こうした人がいるからである。このような人々は、みずからの力で未成年状態の<くびき>を投げ捨てて、だれにでもみずから考えるという使命と固有の価値があるという信念を広めてゆき、理性をもってこの信念に敬意を払う精神を周囲に広めていくのだ。
しかし注意が必要なことがある。それまで後見人たちによってこの<くびき>のもとにおかれていた公衆は、みずからは啓蒙する能力のない後見人たちに唆されると、みずからをこの<くびき>のもとにとどまらせるようにと、後見人たちに迫ることすらあるのである。これはあらかじめ植えつけられた先入観というものが、どれほど有害なものかをはっきりと示している。先入観は、それを植えつけた人々にも、そもそもこうした先入観を作りだした人々にも、いわば復讐するのである。こうして公衆の啓蒙には長い時間がかかることになる。
おそらく革命を起こせば、独裁的な支配者による専制や、利益のために抑圧する体制や、支配欲にかられた抑圧体制などは転覆させることができるだろう。しかし革命を起こしても、ほんとうの意味で公衆の考え方を革新することはできないのだ。新たな先入観が生まれて、これが古い先入観ともども、大衆をひきまわす手綱として使われることになるだけなのだ。

◇理性の公的な利用と私的な利用
ところが公衆を啓蒙するには、自由がありさえすればよいのだ。しかも自由のうちでもっとも無害な自由、すなわち自分の理性をあらゆるところで公的に使用する自由さえあればよいのだ。
ところでわれわれはあらゆる場所で、議論するなと叫ぶ声を耳にする。将校は「議論するな、訓練をうけよ」と叫ぶ。税務局の役人は「議論するな、納税せよ」と叫ぶ。牧師は「議論するな、信ぜよ」と叫ぶのである。好きなだけ、好きなことについて議論せよ、ただし服従せよと語っているのは、この世でただ一人の君主[フリードリヒ大王]だけなのだ。
こうしてどこでも自由は制約されている。しかし啓蒙を妨げているのは、どのような制約だろうか。そしてどのような制約であれば、啓蒙を妨げることなく、むしろ促進することができるのだろうか。この問いにはこう答えよう。人間の理性の公的な利用はつねに自由でなければならない。理性の公的な利用だけが、人間に啓蒙をもたらすことができるのである。これにたいして理性の私的な利用はきわめて厳しく制約されることもあるが、これを制約しても啓蒙の進展がとくに妨げられるわけではない。
さて理性の公的な利用とはどのようなものだろうか。それはある人が学者として、読者であるすべての公衆の前で、みずからの理性を行使することである。そして理性の私的な利用とは、ある人が市民としての地位または官職についている者として、理性を行使することである。公的な利害がかかわる多くの業務では、公務員がひたすら受動的にふるまう仕組みが必要なことが多い。それは政府のうちに人為的に意見を一致させて、公共の目的を推進するか、少なくともこうした公共の目的の実現が妨げられないようにする必要があるからだ。この場合にはもちろん議論することは許されず、服従しなければならない。
しかしこうした機構に所属する人でも、みずからを全公共体の一員とみなす場合、あるいはむしろ世界の市民社会の一人の市民とみなす場合、すなわち学者としての資格において文章を発表し、そしてほんらいの意味で公衆に語りかける場合には、議論することが許される。そのことによって、この人が受動的にふるまうように配置されている業務の遂行が損なわれることはないのである。


ま、引用はこの程度にしておいて、やっぱり民主主義の発展のためには、有権者一人一人が自由に物事を考え、意見を表明し、自分の信条に沿った一票を投じることに尽きるのだと思うのです。
この世にはいろいろなことが起こります。そのことによって、心の灯火が吹き消されそうになることが何度もありますし、現実的また心理的な危機が訪れますが、自分の良心に立ち還るベースのひとつとして、このUTSが機能すれば、これ以上の喜びはありません。

ということで、次回のコラムニストさんにバトンタッチ。
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by uts_home | 2008-01-29 16:06 | コラム
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