映画のお勧め作品を書きます。生涯マイベスト作品はいくつかあるのですが、一つを選ぶとなると、大変難しい。それで、ちょっと変化球を投げます。この作品、おそらくどのレンタル屋さんにも置いてないと思います。つまり隠れた名作です。だからこの場を借りて、ぜひともこの映画の上映会を企画してほしい、と提案したいと思います。
映画館での体験というものは特別なものがあります。アルツハイマーの希望を描いた「折り梅」という映画は、自主上映会を重ね、結局「フラガール」よりも多くの観客動員数を勝ち取っているらしい。それに匹敵する潜在的な力があると、私は常々思っているのです。
昨今は「命」があまりにも軽々と扱われすぎる事件が溢れています。孫が祖父母を殺す、母親が赤ちゃんを殺す、男が小学生の列に突っ込む、いくらでも見つけることができます。
もし、そこまで追いつめられるずっと前に、本人にこの映画を見せることができたならば、何かが変わったかもしれない。そう思える映画です。
この映画は酒鬼薔薇事件の起きる3年前に、事件が起きた神戸須磨を舞台に作られた作品です。この映画をもし少年Aが見ることができたならば、などとも思ってしまいます。
「夏の庭」という作品です。1994年、毎日映画コンクール・日本映画優秀賞。キネマ旬報ベストテン第5位です。
監督 ................ 相米慎二
脚本 ................ 田中陽造
原作 ................ 湯本香樹実
傳法喜八 ................ 三國連太郎
木山諄 ................ 坂田直樹
河辺 ................ 王泰貴
山下勇志 ................ 牧野憲一
木山、河辺、山下の小学五年生三人組は、夏休み前のある日「人が死ぬところを見てみたい」と相談する。それで、近所のあばら家に住んでいるいかにももうすぐ死にそうな老人(三國連太郎 )を秘密に観察することにする。窓の隙間からおじいさんを見る。夏なのにコタツに入っている。寝ているのか死んでいるのか分からない。部屋はごみだらけ。…そんなおじいさんと三人組とのひと夏の交流を描く話です。
私も小学生のころ、突然「僕も死ぬのだ」と気がついて怖くて仕方ありませんでした。死ぬのはあと何十年も先のことだとは分かるのですが、(事故や病気で死ぬなんて事は少しも考えなかった)それでも怖かった。何十年なんてあっという間に過ぎ去る気がしていました。だからこの小学生たちの気持ちもよく分かります。
つい一か月ほど前、私の父親が死にました。私の小学生の姪は、人の死に出会うのは初めての経験です。お通夜の時には、ついに棺の安置しているところの近くには一歩も近寄りませんでした。後で「どうだった?」と聞くと、「うーん」といって黙ってしまいました。とうとう不器用なお爺ちゃんとして、孫と一回も遊ぶことがなかった私の父親でした。無理もないかな、と思いました。まだ初めての経験の印象も鮮やかなこの時に、彼女にこの映画を見せてやりたい、と切実に思います。
低予算映画なので、びっくりするような映像はない。けれども震災前の神戸須磨の風景をバックに、名優三國連太郎が、素晴らしい存在感を示します。湯本香樹実の原作を読んだ人もいるかもしれない。ほぼ原作と同じです。けれども本で読むのと映画で見るのとは違います。
私も94年一回こっきりの上映だったのですが、いまだに時々鮮やかに思い出します。
ビデオはどうやら発売されているらしいのですが、DVDの発売はされていないはず。どこかで見かけたことがあれば、ぜひお知らせください。たぶん上映会を企画しないと見ることのかなわない映画だと思います。相当年数も経ったので、フィルムも安くなっているはずです。