プロジェクト リンク
EQT
MEDIA

BBS (参加メンバー限定)

趣旨説明
【Under the Sunってなに?】

【あなたもUnder the Sunに参加しませんか】

参加してくださる方は、上の「Under the Sunってなに?(趣旨説明)」の記事に参加表明のコメントを入れるか、あるいは参加表明エントリをTBしてください。

メールはこちらに
uts_home@excite.co.jp




プロジェクト参加メンバー
    現在119名

underground railroad
マイナス思考
希望をもちたい
ポラリス-ある日本共産党支部のブログ
にほん民族解放戦線^o^
鳥居正宏のときどきLOGOS
kimera25
ちろの はねっかえりブログ
どうする日本 北欧の福祉を日本へ
本当のことが知りたい!そして日本の未来を語りたい
プレカリアートのなく頃
お玉おばさんでもわかる 政治のお話
社会民主主義者の声
poppoのブログ
競艇場から見た風景
花園はここにありました!
Saudadeな日々
PAGES D'ECRITURE
護憲+グループ・ごまめのブログ
そいつは帽子だ!
Meditations-現代の自省録。 現代人への金言集。
ricanikanmuri
老人党リアルグループ「護憲+」ブログ
音楽写真。音楽映像。photographer / Kaz tanaka
真silkroad?
ツァラトゥストラはこう言っている?
非国民通信
日本国憲法万歳
オヤバカ男の言いたい放題
津久井進の弁護士ノート
穴に向かって叫ぶ
風を変えよう
ICCで「人間の安全保障」
どこへ行く、日本。
関係性
tamyレポート
九条を考える
青山はここにありました~社会批判がてんこ盛り!!
星月夜
Lonesome-happy-days
高野 善道のブログ雑記帳
作図屋の独り言
アッテンボローの雑記帳
弱い文明。
そういちの平庵( ゚ ρ ゚ )ボーーーー
映画と出会う・世界が変わる
気まぐれな日々
楽我記画像メッセ
大津留公彦のブログ
正しい人のままで死なせてください。
アルバイシンの丘
多文化・多民族・多国籍社会で「人として」
★平和と健康★守ろう生かそう憲法9条25条
dr.stoneflyの戯れ言
観劇レビュー&旅行記と日記
Tomorrow is Another Happy
萌え萌え研究日誌
NHK独立運動
f t v 部炉具 -言葉の装い-
Some Kind of Wonderful
嗚呼、負け犬の遠吠え日記
おにぎり的生活
川辺より
一滴の水
ペガサス・ブログ版
闘うリベラルのチャンネル
労働相談・JMIU博多協議会
日本国憲法擁護連合
ミクロネシアの小さな島・ヤップより
徒然気儘な綴方帳
エクソダス2005《脱米救国》国民運動
TONYの”あなたとJAZZとカクテルと・・・”
ヲシュレッター宣言
愚樵空論
あきおの日記
こんな日は、虹が出るんだ
真実のステートメント
とむ丸の夢
医療制度改革批判と社会保障と憲法
憧れの風
after 911
S氏の時事問題
妄想to悪口
カナダ de 日本語
考えてみよう
doll and peace
正直正太夫の時評
非国際人養成講座
Lovely Lovely
へっぶしんのニュースや日記
土佐高知の雑記帳
Cherchez la Cinemanie!!( 事件の裏に映画バカ有)
気韻頭日記
友だち一万人!
寝言日記
雑談日記(徒然なるままに、。)
反戦な家づくり
BLOG版「ヘンリー・オーツの独り言」
北京でライフォ(≠2nd)!
Jovanniの"雨ニモマケズ"
かわうそ実記
世相春秋
独裁制をぶっこわそう!今こそ良識を持つ人は日本の民主化のために勇気を持って発言しよう
そぞろ日記
逍遥録 −衒学城奇譚−
小泉内閣の支持率が一桁台になるまで
華氏451度
はじめの一歩
再出発日記
Watermark
吾輩は猫である
BLOG BLUES
Les Chemins De La Liberte'
A tree at ease
tsurezure-diary-
晴耕雨読
toxandriaの日記
玄耕庵日乗
T.N.君の日記
以前の記事
最新のトラックバック
君よ永遠のうそをついてくれ
from BLOG BLUES
[政府の首脳は全員刑務所..
from 大津留公彦のブログ2
夏まつりが終わりました。
from 大津留公彦のブログ2
きっといいことがあるよ
from BLOG BLUES
ラジオは上杉隆、ニュース..
from 大津留公彦のブログ2
「プロメテウスの火」をコ..
from 大津留公彦のブログ2
ぴあ廃刊に想う、我がここ..
from BLOG BLUES
22人の期間工の挑戦(傍..
from 大津留公彦のブログ2
憲法21条と19条違反の..
from 大津留公彦のブログ2
憲法21条と19条違反の..
from 大津留公彦のブログ2
あなたは原発推進ですか廃..
from 大津留公彦のブログ2
俺たちは部品じゃない、人..
from 大津留公彦のブログ2
ソニーは22人の雇い止め..
from 大津留公彦のブログ2
盛田 昭夫さんの教えをス..
from 大津留公彦のブログ2
「人間は忘れることによっ..
from 大津留公彦のブログ2
平成23年中島らもの祥月..
from BLOG BLUES
「旧体制の政治警察」とし..
from 嗚呼、負け犬の遠吠え日記
頑張れ!藤波心「反原発の..
from 大津留公彦のブログ2
制服向上委員会がフジロッ..
from 大津留公彦のブログ2
「原発の電気は安い」は本..
from 大津留公彦のブログ2
カテゴリ:コラム( 309 )
ネット世論て何だ(2006.03.19)
玄耕庵日乗』の素楽でございます。新着記事が書けず、またもや過去記事でお茶を濁して申し訳ないのですが・・・。3年前に書いた駄文です。ご笑納下さい。


ネットの中で特定アジアとか愛国心とかにセンシティブな人達に一言言いたかったり。

わしには爺さん2人いた。1人は大陸や南方へ行く前に内地で終戦を迎え、1人は病気で兵役を免れた。兵隊に行ってた爺さんは「田舎離れて集団生活楽しかった」とは言っていたが、2人の戦後に対する考えは全く正反対のものだった。
勿論社会的属性が随分違う2人だったから、色んなものに対して割に距離の遠い見解を聞かされてきたが、少しでも肌で感じたことと、書物と空想に依拠した言葉となら、わしは前者の方に少し比重を置いて物事を考えてみたい。

国やわしを守ってくれるなら、こんなありがたいことはない。そう考えてくれているのなら、是非自衛隊に入って組織の底辺を支え、日本の安全保障に貢献して欲しい。歪なピラミッドのままでは任務に支障が出る。

わしも警察学校入校1週間前に大学卒業させて貰えず警官になりそこねた人間だし、元自衛官の友人もいる。これがまたわしには勿体ないくらい義に厚く、最高にいい男だ。今はわしが顔向け出来る状態になく会えないが。911テロの実況速報を共に見たなぁ、懐かしい。
というわけで、心情的に共感出来るところもある。
だから安全保障上の問題が最重要課題だと思うのであれば、それに尽力するべく速やかに入隊されてはどうか。
時の流れは思ったより早いし、ボヤボヤしていると年齢制限に引っかかってしまう。

セネカではないが、人生は短い。自分の主義主張に殉ずるのは男子の本懐じゃないかね。
主義の違う人間の庭で言い散らかすことが安保向上につながるかね。論戦に勝ったと悦に入ることが国益につながるかね。
男なら、そういう意を異にする人間も、グッと黙って守ってやりなさいよ。
人任せではいかんよ。あなたがやりなさい。
さぁ筋トレ開始。

そしてあなたがわしらを守ってくれるように、わしらもあなたを守ろう、守れるように精一杯尽力しよう。一体何が出来るかはまだわからんが、そうあれるよう考え続けよう。
訳の分からん最高指揮官からあなたを守れるように。訳の分からん輩が最高指揮官にならんように。

あなたの公に対する想いが、つまらぬねじまげられた唾棄すべき結果を生まぬように。

あなたは尊重されるべきだし、あなたが尊重されると同じように他者も尊重されるべきだ。もっと言えばわしは尊重されなくても皆は尊重されなければ。
そう思う31の寒い春。


今宵のYouTubeは、ポリスで『見つめていたい』。悩める若者達の一挙手一投足を具に見つめて、その苦悩を掬い取ってあげたい気持ちはあるのですが、私自身の生活もままならず、なかなかそういう活動に手を出せないでいます。彼らには、安直な国粋主義や政治経済観に陥って欲しくないし、『人間』の悲哀や苦悩や愚かしさや愛らしさをもっともっと見つめてもらって、投票行動に映して欲しい。そう思ったりもするのですが、いかんせん35歳非正規社員では、誰も聞く耳なぞもってくれませんかね?

次回の更新は連休明けになると思います。またよろしくお願い致します。
[PR]
by uts_home | 2009-07-18 05:35 | コラム
長距離ドライバーの悲哀(2005.06.11)
玄耕庵日乗』の素楽でございます。昨日「書きまくる」と宣言したにも関わらず、過去記事でお茶を濁して申し訳ないのですが・・・。4年前に書いた駄文です。ご笑納下さい。


NHKスペシャル『トラック・列島3万キロ 時間を追う男たち』を見る。『放送文化基金賞 テレビドキュメンタリー番組賞』受賞記念アンコール放送らしい。ふ~ん。去年、本放送後の再放送の予定が急遽中止になったいわくつきの1本。どこからか圧力があったのか?
「日本経済の“血液”として、物流の9割を担ってきたトラック業界。いま時代の大きな変化の波にさらされている。「時間指定」や「産地直送」など、企業や消費者から“より早く”“より安く”を求められる一方、相次ぐ事故の影響により、大型トラックに対しては時速90kmのスピード制限装置着用が義務づけられた。「スピード」と「安全」のはざまで、大型トラックのドライバーたちは、葛藤を続けている。睡眠時間をぎりぎりまで削り、到着時間を“追う”男たち。故郷を一か月近くも離れ、全国各地を転々とする男たち・・・。
 撮影チームは3月、トラック業界の現場を見つめるため、神奈川県にある長距離ドライバーのための休息施設“トラックの港”で取材を開始した。そして、そこで54歳の一人の長距離ドライバーと出会い、トラックに同乗して取材の旅へと出た。旅からかいま見えてきたのは、スピードや効率を求める一方で、大切なものを失い続ける現代の姿だった。
これは、日本列島3万kmを走りながら見つめた、現代の“トラック野郎”たちの記録である。」

舞台となった長崎の運送会社では「安全輸送」を謳い文句にし顧客獲得を図る。
「延着はできない、スピードは出せない、あとは自分の休憩時間を削るしかない。」
飯を喰いながら、時には小便をしながら、ハンドルを握る。信号待ちの間に僅かに目を瞑る。
ドライバーの仕事は運転だけではない。荷物の手積み、手下ろしもある。
「安全輸送と言われて、時間は制限されて、どぎゃんしたらええかわからんとですよ」
「もう延着してもええと思う時がありますよ。給料なんていい。もうここで寝せてくれ、っていうね。家族を犠牲にしてまで365日車の中ですからね、結局、なんのために走っとるかわからん。」

長崎の事務所、課長がドライバー達にハッパをかける。。「雪でも台風でも延着は許されん。でも制限速度は守って貰わんと、これからはもう仕事ないけんね。」
以前延着のため取引を停止されたメーカーからの、2年ぶりの仕事。高速代もある程度出る。千葉から大阪まで原材料の輸送。所要時間は8時間、持ち時間は9時間、1時間の猶予。しかし都内を抜けるのに渋滞につかまれば・・・。遅れれば工場のラインは止まり大損害が発生する。0時千葉出発。ゴールデンウィークの真っ只中、東名を走るか、中央を走るか、どちらの渋滞が短いか・・・長年の勘を頼りに道を選択する54歳ベテランドライバー。年収は約300万円。時間に追われる毎日で胃を患い2/3を切除した。家に帰ることもままならず30代で離婚、男手ひとつで子供4人を育てた。参観日も卒業式も出てやれない。娘の婚約者に会う時間さえままならない。運転席の、たった一度、家族5人で行った旅行の写真。もう一度5人で旅行に行くのがささやかな夢・・・。
夜も明け始めた5時、中央道の山道を90km/hをキープするためアクセルを踏み続ける右足は痺れて感覚がなくなってくる。しきりに右手で太腿のあたりを揉み込む・・・。
_________________________________________
私の微々たる就業経験はトラックとともにあった。最初はおっかなかったドライバー達も、すぐに好きになった。職場から家までトラックに乗せてもらったことがある。あの目線の高さは気持ちが良かった。馴染みになったドライバーの家に旅行がてら泊めてもらったこともある。色んなドライバーがいるが、皆ニオイは同じだ。いい人が多かった。一緒に煙草を吸いながら話をするのが好きだった。色んな荷の話を聞いた。ちょっとした愚痴を聞いて貰った。同じ職場の人間より、心安かった。毎日飲みきれないほど缶コーヒーを奢って貰った。気に入られて融通してもらおうという算段だったのだろうが・・・。

しかし一刻も早く積み込んで目的地に向かいたいところを、延々待たせた。場合によっちゃ12時間なんてザラ。こっちにはこっちの事情がある。ドライバーはいつ声がかかるか分からず、外に食事に行くことは勿論、トイレも極力控える。アイドリングストップ徹底のおかげで真夏でも冷房は使えない。弁当も腐る。待たせたドライバー達には詫びと冗談のひとつも飛ばした。机の上ではカリカリしていたが、ドライバーには出来るだけ笑顔で接しようと思っていた。嫌な思いをしたまま走られて事故されるのは嫌だった。それにドライバーも消費者のひとり、積んで行って貰う荷を少しでも好きになって欲しかった。

深夜、「延着が確定する」と半分泣きながら訴えられたこともある。「高速代出してくれるんか!」と胸倉摑まれたこともある。早朝、「時間通り来て貰わないと困る!」と遠路はるばるやってきたドライバーを怒鳴りつけたことも数知れず。一度やってきた車を追い返すこともザラ。過労死の現場を目撃したこともある。通路の向こうから歩いてくるドライバーが派手に倒れた。頭から血を流しピクともしない。後で聞くと滅茶苦茶なスケジュールで走っていた、走らされていた。遠方から家族が病院に駆けつけた。思い出しただけで胸が苦しい。

景気が悪くなり、メーカーは物流費用に目をつけた。効率化という名の下に、極端なダンピングを行う。メーカーだけでなく大手小売も外食産業も、不要在庫の抱え込みを減らすべくジャストインタイムを敷く。生鮮品はセリに間に合わなければアウトである。様々な荷が、到着すると同時に仕分けされ右から左へ流れてゆく。停滞は時間とスペース、カネのロスだ。
規制緩和による運送会社の増加、仕事の奪い合い、運賃競争、排ガス規制、原油の高騰etc.・・・運送会社を取り巻く現状はキビシイ。

三菱ふそうの不祥事がある。せめて安心してハンドルを握ってもらいたい。
尼崎の列車事故がある。1分1秒に追われた結果、大きなものを失うこともある。

欲しい時に欲しいものが手に入る。素晴らしいことだ。潜在的な需要を喚起し、無駄を抑え、大きくビジネスも飛躍する。乾いた雑巾を絞って絞って絞りぬく。しかしその陰で、たくさんの人の様々な豊かさが損なわれているように思えてならない。(公金については、ある面は絞りに絞って欲しいが・・・)
過剰な欲望は、めぐりめぐって自分の首を絞める。ここ6年、この国では毎日100人近く実際に自らの首を絞めている・・・。

市場の失敗を是正する気など毛頭なく、経団連のいいように法改正する政治など政治と言えるのか?今の私ではあんまりこういうことは言いたくないのだが、変質者山拓がしゃあしゃあとテレビに出ているのを見てムカついたので言ってしまう。
自殺者数が増加していることについて聞かれ、「どういう事情かわからないが、あまり悲観的に思わないで、がんばっていただきたい。理由はなかなかわからない。これだという特効薬がないので困っている」なぞとホザク馬鹿タレがこんなに長く総理やってしまうのは、やっぱり異常だろ。

深夜の道路、何台ものトラックとすれ違う。気をつけて、と胸の中で呟くのが習慣になっている。


今宵のYouTubeは、サンボマスターで『美しき人間の日々』。ではまた明日。

[PR]
by uts_home | 2009-07-17 08:20 | コラム
書きまくる
玄耕庵日乗』の素楽でございます。今宵は少々酔っております。京の夜は祇園祭で一層艶やかさを増しております。
今夜からしばらくの間、此処『Under the Sun』のコラムに連続投稿したいと思っております。しばしのお付き合い、どうぞ宜しくお願い致します。


ジリジリとした四年間だったが、ついに選挙の時を迎えることが出来た。とりあえず、此処まで生き延びる事が出来た自分に乾杯。
堪えに堪えた四年だった。この間に自ら命を絶つほかないほど過酷な日々を送り、その命の灯をやむなく消されてしまった何万という方々の無念さを胸に刻み込み、来るべき決戦の日に臨みたいと思う。

「自民党がどうだ、民主党がどうだ」なんて事を、T.N.君と創り上げ、細々とながらも、賛同して頂いた数多くのブロガーの皆様と築き上げてきたこの『Under the Sun』の場で言いたいわけではない。
この四年間、皆さん様々な市井の場で、辛酸を舐められてきたはずだ。その思いを、掬われる事なく救われなかった思いを、存分に吐き出して欲しい。

「明治維新以来の官僚支配政治に終止符を打つのだ!」「必ずや人民主導の政権交代をなすのだ!」と息巻くブログもある。私はそこまでの思いは、正直ない。日本映画学校中退、立命館大学政策科学部卒の私の眼から見て、日本の民主主義はまだそこまでの、明治の呪縛を解けるまでの段階には、ない。まだまだ大衆はうつろい易く、「わたくし」を脱した政治意識を持てるような社会経済的状況にないと思う。学生の頃におぼろげに思い描いていた社会と、その実像はまるで違い、泥水を啜るようにして生きている人が大半なのが、この2009年の現実だ。それなのに何故今日のような社会を迎えてしまったのかという疑問と、自分自身に対する忸怩たる思いもあるが、それが現実だ。55年体制を具現化した人物の孫達が、何故この09年の政争の主役なのか。胸につかえるモノを消し去ることは出来ない。

私は名だたるブログの書き手のように、上手く文章を紡ぐ事は出来ない。ただ、今回の総選挙に対しては、今までの私の35年間の人生を振り返ってもかつてないほどの、ほとばしるような気持ちは、ある。それを「希望」と言ってしまっていいのかはわからない。何もなければ選挙なぞというものは四年経てば訪れる。この晩夏に予定されている選挙も、ままあるその一回に過ぎないのかもしれない。
それでも、それでもと言いたい何かが胸をせり上がってくるのを抑えられないのだ。今はその気持ちの奔流のままにキーボードを叩いている。拙いかもしれない、切ないかもしれない、それでも、それでも託したい「何か」。明日を生き抜いていくための「何か」。

そんなものを背負ってくれる政治家など存在しないのかもしれない。「いなければ作ればいいではないか」、そんな問いに対するだけの気力は残念ながら今の私にはない。そんな、堕落して、気合の入っていない、薄汚れた私でも、何とか世界に対して気まずい思いをすることなく、綺麗な朝焼けを合掌して拝めるような、そんな社会にして欲しい。そんな、そんな・・・せめて・・・。

今宵のYouTubeは、U2で『One』。また明日。

[PR]
by uts_home | 2009-07-16 00:41 | コラム
『人間』その不可思議なるもの
大学生の時、あまりに世の中の人達が何を考えているのかがわからなくて、統計的・計量的に人間というものを捉えて、その行動原理を理解しようとしていた一時期があった。今考えれば、なんと馬鹿な事をしようとしていたのかと思う。

一人の人間を、目に見える社会的属性だけで判断するなんて、なんて無意味な事だろう。一人の人間の中には、宇宙の全てが内在しているというのに、ペーパー上の都合でその躍動する宇宙を敢えて除外し無視する。

体裁だけは整ったペーパーが完成して、しかしてそのペーパーは、一体人間の何を語ったことになるのか。それは愚かな行為だというくらいは私の愚かな知性でも分かったので、それ以上その研究からは足を洗ったが、今現在も我々の暮らしは計量化され続けて、ロクでもない政策の策定根拠として霞ヶ関あたりを飛び交っているのだろう。

数値化された人間、加工されるデータとしての人間、それで飯を食ってるヤツラがいて、金儲けの材料にする。そこにはもう『人間』はいない。思惑という手垢がべったりとついたデータが、陰に陽に売買されるだけだ。

年間3万人以上の自殺者が10年連続という統計は、一体何を表しているのか。一日平均100人以上の自殺者を出しているこの国の、何を表しているのか。自ら命を断たざるをえなかった彼らの、何を理解したというのか。パソコンのディスプレイに流れる数字だけでは掬い切れない、『人間』という存在に対して、どう向き合えばいいのか。

この国には『人間』を大切に扱わない伝統がある。これは歴史上でも今現在の社会でも遍く見られる光景である。こんな世の中で、子供達に『いのちを大切に』と教え諭しても、子供達が大人になった時には、教わった事と現実世界とのギャップに少し苦労するのではなかろうか。全ての命が平等に尊重されることなど一切なく、露骨に冷酷に命の軽重を見定める『大人達』のそぶりを見て、この世の非情な成り立ちに失望することもあるだろう。そんな彼らに発するコトバを私は持っているだろうか?

『人間』という存在をナメてはいけないと思う。しかし今の政治家やマスコミや産業界は、この『人間』を全く考慮に入れていない。同じ人間、同じ日本人でありながら、『人間』に対する畏怖の念がない。

湯水のように『人間』を使って、己の私腹を肥やしているのが、能力のかけらも持ち合わせない世襲政治家であり、毒電波を撒き散らしているマスコミであり、政界に恫喝をかけ続ける経団連である。

どうすれば『人間』を復権出来るのだろうか?これを考え抜く事が、毎日毎日断腸の思いで暮らしを繋いでいる人や、苦しみ抜いた末に自ら命を断つ事になってしまった人に対する、応援歌や鎮魂歌になるだろうか?

不景気でもいい。人間を大事にする社会になって欲しい。切にそう願う。
[PR]
by uts_home | 2009-07-03 12:09 | コラム
限界を超えろ!(玄耕庵日乗)
今夜はここを見てくれている若い読者のために、ほんの少しだけ本気で書きます。鬱陶しい日記になると思いますが、少しだけ耳を傾けてみてください。

エラソーなこと今から言います。
人間を35年やってきて思います。人間、スポーツでも勉強でも恋愛でも、自分の限界を超えてやったことしか身につきません。もう諦めそうになってからの頑張りしか身につきませんし、自分の自信になりません。そういうギリギリの中で得た経験だけが、自分を後押ししてくれます。他人はいくら裏切っても、自分の努力だけは自分自身を絶対裏切りません。

オトナになった時に、せめてそんな「自分の限界を超えた」思い出のひとつやふたつは自分に証明できるような、そんな青春時代を送ってください。そうでないとオトナになった時に、若い子に語れるものが何もないオトナになってしまうと思うのです。若い子に自分の人生を語れることが「いいオトナ」だと思っているわけではないですが、自分で自分の半生を振り返った時に、「あの時オレはあれだけ頑張れた。だから今度だって頑張れるはずさ」と自分に誓えるような、そんなオトナになって欲しいと思うからです。そうやって生きていくほうが、多分楽しいと思うから。

男は無理してヤセガマンして、カッコよくなるんです。男の子はカッコいいオトコになってください。そして女の子はそんな「カッコいいオトコ」を見抜ける目を養ってください。男を育てるのは女の役目です。よろしく。

最後に、夏目漱石が29歳の時に、赴任していた松山中学の生徒に向けて贈った言葉を、ここを見てくれている若い読者に贈りたいと思います。あえて現代語訳は掲載しません。じっくりと漱石の言葉に触れてみてください。当時の中学生が読めた言葉です。あなたにも読めないはずはないと思います。辞書片手にこの言葉とゆっくり向き合ってみてください。さすがに日本文学最高の作家が書いた教訓、いいことが書いてあります。人生の真実のいくつかはこの言葉の中にあります。


『愚見数則』

理事来たつて何か論説を書けといふ。余この頃脳中払底、諸氏に示すべき事なし。しかし是非に書けとならば仕方なし、何か書くべし。但しお世辞は嫌ひなり、時々は気に入らぬ事あるべし。また思ひ出す事をそのまま書き連ねる故、箇条書の如くにて少しも面白かるまじ。但し文章は飴細工の如きものなり。延ばせば幾らでも延る、その代りに正味は減るものと知るべし。

昔しの書生は、笈を負ひて四方に遊歴し、この人ならばと思ふ先生の許に落付く。故に先生を敬ふ事、父兄に過ぎたり。先生もまた弟子に対する事、真の子の如し。これでなくては真の教育といふ事は出来ぬなり。今の書生は学校を旅屋の如く思ふ。金を出して暫らく逗留するに過ぎず、厭になればすぐ宿を移す。かかる生徒に対する校長は、宿屋の主人の如く、教師は番頭丁稚なり。主人たる校長すら、時には御客の機嫌を取らねばならず、いはんや番頭丁稚をや。薫陶所か解雇されざるを以て幸福と思ふ位なり。生徒の増長し教員の下落するは当前の事なり。

勉強せねば碌な者にはなれぬと覚悟すべし。余自ら勉強せず、しかも諸子に面ずるごとに、勉強せよ勉強せよといふ。諸子が余の如き愚物となるを恐るればなり。殷鑑遠からず勉旃勉旃。

余は教育者に適せず、教育者の資格を有せざればなり。その不適当なる男が、糊口の口を求めて、一番得やすきものは、教師の位地なり。これ現今の日本に、真の教育家なきを示すと同時に、現今の書生は、似非教育家でも御茶を濁して教授し得るといふ、悲しむべき事実を示すものなり。世の熱心らしき教育家中にも、余と同感のもの沢山あるべし。真正なる教育家を作り出して、これらの偽者を追出すは、国家の責任なり。立派なる生徒となつて、かくの如き先生には到底教師は出来ぬものと悟らしむるは、諸子の責任なり。余の教育場裏より放逐さるるときは、日本の教育が隆盛になりし時と思へ。

月給の高下にて、教師の価値を定むる勿れ。月給は運不運にて、下落する事も騰貴する事もあるものなり。抱関撃柝の輩時にあるいは公卿に優るの器を有す。これらの事は読本を読んでもわかる。ただわかつたばかりで実地に応用せねば、凡ての学問は徒労なり。昼寝をしてゐる方がよし。

教師は必ず生徒よりゑらきものにあらず、偶誤りを教ふる事なきを保せず。故に生徒は、どこまでも教師のいふ事に従ふべしとはいはず。服せざる事は抗弁すべし。但し己れの非を知らば翻然として恐れ入るべし。この間一点の弁疎を容れず。己れの非を謝するの勇気はこれを遂げんとするの勇気に百倍す。

狐疑する勿れ。躊躇する勿れ。驀地に進め。一度び卑怯未練の癖をつくれば容易に去りがたし。墨を磨して一方に偏する時は、なかなか平にならぬものなり。物は最初が肝要と心得よ。

善人ばかりと思ふ勿れ。腹の立つ事多し。悪人のみと定むる勿れ。心安き事なし。

人を崇拝する勿れ。人を軽蔑する勿れ。生れぬ先を思へ。死んだ後を考へよ。

人を観ばその肺肝を見よ。それが出来ずば手を下す事勿れ。水瓜の善悪は叩いて知る。人の高下は胸裏の利刀を揮つて真二に割つて知れ。叩いた位で知れると思ふと、飛んだ怪我をする。

多勢を恃んで一人を馬鹿にする勿れ。己れの無気力なるを天下に吹聴するに異ならず。かくの如き者は人間の糟なり。豆腐の糟は馬が喰ふ、人間の糟は蝦夷松前の果へ行ても売れる事ではなし。

自信重き時は、他人これを破り、自信薄き時は自らこれを破る。むしろ人に破らるるも自ら破る事勿れ。厭味を去れ。知らぬ事を知つたふりをしたり人の上げ足を取つたり、嘲弄したり、冷評したり、するものは厭味が取れぬ故なり。人間自身のみならず、詩歌俳諧とも厭味のあるものに美くしきものはなし。

教師に叱られたとて、己れの直打が下がれりと思ふ事なかれ。また褒められたとて、直打が上つたと、得意になる勿れ。鶴は飛んでも寝ても鶴なり。豚は吠ても呻つても豚なり。人の毀誉にて変化するものは相場なり、直打にあらず。相場の高下を目的として世に処する、これを才子といふ。直打を標準として事を行ふ、これを君子といふ。故に才子には栄達多く、君子は沈淪を意とせず。

平時は処女の如くあれ。変事には脱兎の如くせよ。坐る時は大磐石の如くなるべし。但し処女も時には浮名を流し、脱兎稀には猟師の御土産となり、大磐石も地震の折は転がる事ありと知れ。

小智を用る勿れ。権謀を逞ふする勿れ。二点の間の最捷径は直線と知れ。

権謀を用ひざるべからざる場合には、己より馬鹿なる者に施せ。利慾に迷ふ者に施せ。毀誉に動かさるる者に施せ。情に脆き者に施せ。御祈祷でも呪詛でも山の動いた例しはなし。一人前の人間が狐に胡魔化さるる事も、理学書に見ゑず。

人を観よ。金時計を観る勿れ。洋服を観る勿れ。泥棒は我々より立派に出で立つものなり。

威張る勿れ。諂ふ勿れ。腕に覚えのなき者は、用心のために六尺棒を携へたがり、借金のあるものは酒を勧めて債主を胡魔化す事を勉む。皆己れに弱味があればなり。徳あるものは威張らずとも人これを敬ひ、諂はずとも人これを愛す。太鼓の鳴るは空虚なるがためなり。女の御世辞のよきは腕力なきが故なり。

妄りに人を評する勿れ。かやうな人と心中に思ふてをればそれで済むなり。悪評にて見よ、口より出した事を、再び口へ入れんとした処が、その甲斐なし。まして、又聞き噂などいふ、薄弱なる土台の上に、設けられたる批評をや。学問上の事に付ては、むやみに議論せず、人の攻撃に遇ひ、破綻をあらはすを恐るればなり。人の身の上に付ては、尾に尾をつけて触れあるく、これ他人を傭ひて、間接に人を撲ち敲くに異ならず。頼まれたる事なら是非なし。
頼まれもせぬに、かかる事をなすは、酔興中の酔興なるものなり。

馬鹿は百人寄つても馬鹿なり。味方が大勢なる故、己れの方が智慧ありと思ふは、了見違ひなり。牛は牛伴れ、馬は馬連れと申す。味方の多きは、時としてその馬鹿なるを証明しつつあることあり。これほど片腹痛きことなし。

事を成さんとならば、時と場合と相手と、この三者を見抜かざるべからず。その一を欠けば無論のこと、その百分の一を欠くも、成功は覚束なし。但し事は、必ず成功を目的として、揚ぐべきものと思ふべからず。成功を目的として、事を揚ぐるは、月給を取るために、学問すると同じことなり。

人我を乗せんとせば、差支へなき限りは、乗せられてをるべし。いざといふ時に、痛く抛げ出すべし。敢て復讐といふにあらず、世のため人のためなり。小人は利に喩る、己れに損の行くことと知れば、少しは悪事を働かぬやうになるなり。

言ふ者は知らず、知るものは言はず。余慶な不慥の事を喋々するほど、見苦しき事なし。いはんや毒舌をや。何事も控へ目にせよ。奥床しくせよ。むやみに遠慮せよとにはあらず、一言も時としては千金の価値あり。万巻の書もくだらぬ事ばかりならば糞紙に等し。

損徳と善悪とを混ずる勿れ。軽薄と淡白を混ずる勿れ。真率と浮跳とを混ずる勿れ。温厚と怯懦とを混ずる勿れ。磊落と粗暴とを混ずる勿れ。機に臨み変に応じて、種々の性質を見はせ。一あつて二なき者は、上資にあらず。

世に悪人ある以上は、喧嘩は免るべからず。社会が完全にならぬ間は、不平騒動はなかるべからず。学校も生徒が騒動をすればこそ、漸々改良するなれ。無事平穏は御目出度に相違なきも、時としては、憂ふべきの現象なり。かくいへばとて、決して諸子を教唆するにあらず。むやみに乱暴されては甚だ困る。

命に安んずるものは君子なり。命を覆すものは豪傑なり。命を怨む者は婦女なり。命を免れんとするものは小人なり。

理想を高くせよ。敢て野心を大ならしめよとはいはず。理想なきものの言語動作を見よ、醜陋の極なり。理想低き者の挙止容儀を観よ、美なる所なし。理想は見識より出づ、見識は学問より生ず。学問をして人が上等にならぬ位なら、初から無学でゐる方がよし。

欺かれて悪事をなす勿れ。それ愚を示す。喰はされて不善を行ふ勿れ。それ陋を証す。

黙々たるが故に、訥弁と思ふ勿れ。拱手するが故に、両腕なしと思ふ勿れ。笑ふが故に、癇癪なしと思ふ勿れ。名聞に頓着せざるが故に、聾と思ふ勿れ。食を択ばざるが故に、口なしと思ふ勿れ。怒るが故に、忍耐なしと思ふ勿れ。

人を屈せんと欲せば、先づ自ら屈せよ。人を殺さんと欲せば、先づ自ら死すべし。人を侮るは、自ら侮る所以なり。人を敗らんとするは、自ら敗る所以なり。攻むる時は、韋駄天の如くなるべく、守るときは、不動の如くせよ。

右の条々、ただ思ひ出るままに書きつく。長く書けば際限なき故略す。必ずしも諸君に一読せよとは言はず。いはんや拳々服膺するをや。諸君今少壮、人生中尤も愉快の時期に遭ふ。余の如き物の説に、耳を傾くるの遑なし。しかし数年の後、校舎の生活をやめて、突然俗界に出でたるとき、首を回らして考一考せば、あるいは尤と思ふ事もあるべし。但しそれも保証はせず。

          ~明治28.11.25 愛媛県尋常中学校『保恵会雑誌』~


今宵のYouTubeは、私の最も不得意なこと(笑)、ザ・ブルーハーツで『人にやさしく』。みんなガンバレ!

[PR]
by uts_home | 2009-06-11 00:21 | コラム
ほんとうのこと (玄耕庵日乗)
玄耕庵日乗です。前記事のTBもだいぶたまったので、新記事でも。

睡眠薬を飲んだ後の執筆である。支離滅裂になると思う。

まったくひどい世の中である。

このブログは私の不細工な面も完全に晒しているし、すぐ個人特定できると思う。そういう場合に言いたいことも言えないようなこともあろうかと思うが、若い読者諸氏もついてくれているようなので、少しずつでも『ほんとうのこと』を話していかないといけないのかもしれない。
しかし『ほんとうのこと』を話すのは正直骨が折れる。ブログ上でそういう事を試みたこともあったが、「なんでそんな七面倒な事を無給で私がしなければならないのか」、と自棄になった時期があって、今に至っている。そして今は完全に趣味ブログと化している。それでいいのかと、内心忸怩たる思いもある。

『玄耕庵日乗』を書くことになったきっかけは、4年前の小泉郵政選挙だった。あの時の異常な感じは今も鮮明に覚えている。かつて私の知っていた日本人は、何処へ消えてしまったのか、みな夢遊病者のように小泉自民党に投票し、その後のこの4年間で、より一層この国をメタメタにしてしまった。
そしてまた今日の、テポドン・ミサイル騒ぎ、新型インフルエンザ騒ぎである。日本人は変質したのか?
今日、薬局にマスクを買い求めて「品切れです」とあしらわれている人達を横目に、マスクをして仕事をしながら想起したのは、36年前のオイル・ショックの時のトイレット・ペーパー騒ぎであった。昔から大人は馬鹿で世の中はどうしようもなかったのかもしれない。

それにしても、私が中学生の頃に見ていた大人達は、今の大人達(私含む)より、もうちょっとマシではなかったか?内省というものを知っていた人達ではなかったか?

ブログをやりだしてから特に思うが、反射的に記事を書いてしまって後で後悔するということがある。それはその判断を下すまでにソースが足りなかったなんていう事も関係しているかもしれないが、要は、自分の判断の核となるものを練り上げられていないから、日々垂れ流されるニュースにイライラさせられるだけなのだ、ということに最近気がついた。
自分の核と合わない事柄など捨ておけばよいのだが、それでも皆がその必要もないのに、例えば暑い中マスクつけて不機嫌そうにしていると、「そうしてないとあなた死んじゃいますか?」くらいは尋ねたくなる。「あなたはほんとうにそれが必要と思っていますか?」と。「政府はもう支離滅裂で出鱈目なアナウンスしかしませんよ」と、老婆心ながら一言言ってしまいたくなる。

『ほんとうのこと』はもうテレビや新聞からは聞こえてこないし、政治家も『ほんとうのこと』は喋らない。
『ほんとうのこと』がわかるためには、自分を鍛え上げていかなくちゃいけない。その過程で出る、私の深いため息を、私個人の『ほんとうのこと』として、これから機会があれば書いていきたい。

とりあえず、今の新型インフルエンザ騒動は異常だ。この異常事態で何を試しているのか、何を隠しているのか、事態が収束することがあればわかるのだろうが、また新型の季節性インフルエンザとかいって同じネタを使い回す気でいるのかもしれない。
9月の総選挙前には一体どんな大惨事が起こるのか、不謹慎ながら少々楽しみでもある。多分「自民党、ついにここまでやるか」的な出来事が続発すると睨んでいる。

疲れた。今夜のお話はここまで。また気が向いたら。
おやすみなさい。
[PR]
by uts_home | 2009-05-21 10:45 | コラム
生活と芸術と革命
f0051075_11454791.jpg

睡眠薬を飲んでも眠れない夜、また昔語りをしてしまうかもしれない。

映画を創る、ということは世界を再定義することだと思う。劇場から出てくると、いつもの見知った景色がどういうわけか違ったものに見えることがよくある。それは映画によって新たな視点を付与されたことによるものだろう。鑑賞後、世界の成り立ちに違和感を覚えたり、足元がフワフワする感覚に陥ったりするのは、いい映画の証拠のようなものだろう。

心がまだナニモノにもなれるほど柔軟だった頃、そんな新たな世界観を提供してくれる映画とたくさん出会った。
けれどそのうち映画を必要としなくなった。何故だろう。世界なんてどれほどのものでもないさと、タカをくくってしまったからだろうか。そしてつまらない日常がのべつまくなしに続くことになってしまった。日常を見る眼も映画から借りてこなければ、ろくなものが見えやしなかった。

生活。生活と芸術。カネとユメ。
生活の埃にどっぷり頭まで浸かってしまうと、ちょっとやそっとでは芸術を指向するようにはならない。芸術の良さは、生活をあらためて照らし直してくれることなのだけれど、それを必要としない人間もたくさんいる。世界を再定義なぞされると、ルーティンに支障をきたすからだ。既得権益にメスを入れられることになるからだ。

実は芸術には世界を大きく変えることの出来る力がある。世界をよりよくする可能性を秘めている。しかし芸術に面突き合わすには、それなりのパワーが必要だ。ボケーッとしていたのでは、芸術からのメッセージを見逃すことになる。

取るに足らないようなことかもしれないが、こんな小さな事を個人個人がこつこつとやって、一人一人が個人的生活を革命していく以外に、今の閉塞状況や経済的苦境を脱する道はないのかもしれない。

みながアーティストになればいいのだ。そして自分が生きて存在しているだけで芸術足りうると自覚して、その生を力いっぱい謳歌するのだ。それがこの私達を取り巻く世界を、もっと彩りに満ちたものにしてくれるに違いない。

午前四時、とりとめのないことを書くにはいい時間だ。また全く無内容な駄文を綴ってしまった。効かない睡眠薬が悪いのだ。


[PR]
by uts_home | 2009-02-08 11:45 | コラム
リド飲食街の詩
f0051075_1173318.jpg

ある夜の帳のおりた街
男がフラリと迷い込む路地
人はこの狭い通路の両脇に並んだ
一杯飲み屋の一廓を
「リド飲食街」と呼ぶ

京都タワーと同い年の店もあれば
まだ開店して間もない処女のような店もある
どの暖簾をくぐるかはアンタ次第
もといアンタとアンタのカネ次第

男の涙と女の笑い声がよく似合う街
しけた便所でダラダラと
いつまでも止まらないションベンすりゃ
憂さもいつぞや消え失せる

さっぱりしたところで一曲歌いますか
と力み上がってマイクを握り
歌うは十八番の「襟裳岬」
わけのわからないことで
なやんでいるうちに
おいぼれてしまうから

老いぼれオヤジの目ヤニに向かって熱唱すりゃあ
厚化粧のネエサンがやんや拍手をしてくれる

ここには恋なんて気取ったもんはないよ
その昔はどうだったか知らないけどね
今はポチポチのお客さん相手に
気楽にやらせてもらってるのさ

どうだい?
淋しくなったんなら
一杯飲んで行きなよ

外は寒いだろう?
あったまっていきなよ

カネの心配なんかするんじゃないよ
カネは天下のマワリモノ
あるヤツからあるだけ取ってやりゃあいいのさ

アンタの飲む酒ぐらいあるからさ
ちょっとだけ
寄っていきなよ
安くしとくよ

ハッキリしない男だねぇ
そういうのが一番嫌われるんだ
覚えときな

そんなこんなの「リド飲食街」
私は好きです


(この物語はフィクションです)
出演:素楽


[PR]
by uts_home | 2009-02-06 01:17 | コラム
未知との遭遇
f0051075_22233164.jpg

今日の仕事は楽だった♪、と仕事終わりに「リド飲食街」。我がホームグラウンド「じじばばDOS」に顔を出すと、あれまあれま、同僚民孝さんとCちゃん(詳しくは玄耕庵日乗参照)が並んでカウンターにいるではないか。「あらお久しぶり」とCちゃんにご挨拶して、安い赤ワインのボトルを一本抜く。そうこうしてるうちに友人タモツもやってきて、しばし歓談。

「若い人達のお邪魔をしちゃあいけねえ」ってんで、シンゴに節分の挨拶だけして退散。続けて本家本元「じじばば」へ。柚子胡椒ラーメンを汗ダラダラになりながら啜る。汗かいて気持ちいい。マスターのサトシさんに、「柚子胡椒は青唐辛子と柚子を擦り潰したもんやねん。九州では唐辛子の事胡椒って言うねん。」と聞き、この汗も納得。「今年もお世話になります」と心の中で呟いて、小雨降るなか京都駅。止めてくれるなおっかさん。背中の銀杏が泣いている。

ぴりりと越える西大路
誰が言ったか知らないが
フーテンの熊とはアッシのことでござい
今日は祇園か烏丸か
明日は木屋町先斗町
流れ流れて京都の夜を
啜り泣くのは何処の娘だ
アッシが今から行くんだ ネエサン、心配するこたぁない
明日はでっかい太陽が
アンタの上にも昇ろうってもんだ
今夜だけは、アッシに酌をしてやっておくんなさい
アンタの黒子に、アッシぁ惚れたよ
ペケペンペンペン♪
[PR]
by uts_home | 2009-02-03 22:23 | コラム
革命前夜(玄耕庵日乗)
映画『チェ 28歳の革命』を観た興奮がおさまらない。私は一体何と闘えばいいのか?実はその答は私はとうの昔に知っている。17の頃から知っている。ずっとそれと相対することを避けてきただけだ。私はすでに知っている。ただ私には武器がない。皆を鼓舞する能弁もなければ、実直な勤勉精神も持ち合わせていない。勿論銃も大量破壊兵器もない。もっと言えば愛嬌もない。どうやって闘えばいいのか、17年経った今もわからない。
ただ、このままではいけないし、どんどん悪くなっていることも肌で感じている。世界はあまりにイビツで不人情でトチ狂っている。コイズミも悪かったしアベも悪かったしフクダも悪かったしアソウも悪いし、そういうものを成立させているすべてを呪詛している。勿論ブッシュはなおのこと。
世界は新たなフェーズに移行するのか、そこに希望はあるのか、皆目わからない。「希望は自分で見つけるものだ」と親父は言った。その通りだと思う。しかし重い言葉だ。

闘えるものなら闘いたいが、そのフィールドがわからない。辺見庸のように一人で闘うしかないのだろうが、どうすればいい?
「生活」を「闘い」と規定すること、これしかないかもしれない。人知れず、徒手空拳で闘う。

ああ!思い切り自分の理想に向かって闘ってみたい!闘ってみたい!闘ってみたい!ロッキーのように!ゲバラのように!

明日からの一日一日を、闘争として送ってみるのもひとつの手かもしれない。知らなかったことを知ること。想像の射程を延ばすこと。痛みを痛むこと。誇らしげに語ることはなにひとつないと自覚すること。

勝てなくても、負けたくない。それを肝に命じて日々を送ろう。
[PR]
by uts_home | 2009-01-21 01:02 | コラム
トップ

プロジェクト ホーム
by uts_home
   新着情報


ブログランキング・にほんブログ村へ

↑各種ランキングに参加しています。投票、よろしくお願いします。
カテゴリ
検索
人気ジャンル
最新の記事
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧