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国棄て宣言
仕事終わり、いつまでも梅雨空の晴れない京都は堀川塩小路の焼肉屋で同僚達と飲んだ。私の今の収入では焼肉なぞ食える身分ではないのだが、たまには肉だって食いたい。

我が身の恥を殊更に言い募るようで恐縮しきりだが、今の私は非正規雇用の35歳、今月の給料は72000円である。ワーキングプアなんて生易しい言葉では足りない、『赤貧』の日々である。正直タバコ銭にだって事欠いている。どこに女の子を引っ掛けるための軍資金があるというのか。もちろん今宵も淋しい夜を終電に乗って駆け抜けるのである。この闇夜を突き抜けたら、どんな景色が待っているというのか。

過去にややこしいいきさつはあったが、『世に倦む日日』は欠かすことなく読んでいる。すべてにおいて首肯するわけではもちろんないが、四年前と変わらぬ精力的な筆致には、今も頭が下がる思いでいる。
今日のエントリでは民主党のマニュフェストから『格差』の文字が消えたとあった。これは由々しき問題である。私のようなワーキングプアを突き抜けた赤貧の民にとっては、希望を奥歯からねこそぎ抜かれたようなものである。今の日本社会で『格差』以上に重要な政治課題などあるのか。

日々、非正規雇用の同僚達と働いている。頭を傾げることが多い世の中だが、「なんでこんなに優秀な人材がこんな報酬なのか」と、喉の詰まる思いがする。日本の若くて優秀な人材は、チャンスも与えられず棄てられている。『棄民』である。国が私達を棄てるなら、私達も国を棄てるまでである。今度の選挙結果如何に関わらず、国棄ての心の準備だけはしておこうと思う。

毎日、四条烏丸界隈を郵便物を集めながらテクテク歩いて思うのは、『殺すなかれ』、このことだけである。単調で成果の見えない郵便物集めをしながら、「殺されることあっても殺すことなかれ」この一念だけで歩いている。逆説的かもしれないが、今は「殺さない」ことの矜持だけで生きている。正直、いっぱいいっぱいである。
はっきり言って、「希望」は1ミリも見えない。それでも生きていかねばならない。窮余の策で私は歴史に答を求めた。宗教に、仏教に救いを求めた。「般若心経」を朝夕に唱える毎日だが、それで問題が解決するとは到底思えない。やっぱり政治の力が必要なのである。その政治の、次の政権を担おうかという政党が、『格差』を問題にしない。これこそ欺瞞ではないか。国民を幸せにする気など毛頭ないのではないか。

赤貧の民である素楽は問いたい。どうして経団連との数年ぶりの政策協議に踏み切って、それをそのまま持って帰ってきてしまったのか。労働者を断固守ると何故言えないのか。そんなことをチンタラ表舞台やら裏舞台やらで演ってるうちに、こっちはもう「国棄て」始めるんだかんな。あわてんなよ、バカどもが。

今宵のYouTubeは、懐かしいとこ行きましょう。岡林信康で『私たちの望むものは』。お聴きください。

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by uts_home | 2009-07-29 01:00 | コラム
チェット・ベイカーという堕天使
腹ペコの体を抱え電車に乗って庵に帰ると、同時進行でしたい物事が多くて困る。まずは「労働」でかいた汗をシャワーで洗い流したいし、風呂上がりにビールは飲みたいし、腹は減っているし飯は食いたいし、疲れを癒すジャズをゆったりと聴きたいし、そうはいうもののニュースも見たい。
というわけでまずはビールを一杯空けてから、おもむろにご飯をかき込み、腹の虫が治まってから本格的に飲むことになる。こんなことをしていたら太るのも当たり前である。そして今夜は久しぶりにモダン・ジャズの資料的DVDをかけながら、イカの刺身なぞつついてビールを飲んでいたのだが、どうにも「報道ステーション」の様子が気にかかり、麗しき音楽の時間も即中断である。ニュースとは無粋なヤツである。
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官製ワーキングプアの問題を特集していたが、ひどいものである。一気に酒がまずくなる。実情はだいたい世間を見ていればわかることだが、この体制で事業を継続していくことのマイナス面というのは、当の担当者レベルでは如何ともし難いことなのであろう。懐かしい『合成の誤謬』の典型である。原理原則をはき違えるからこういう問題が起こる。「だれのために、何のために、どうやって、」戦前の関東軍の愚挙を笑えない事態が日本中の自治体で起こっているということだ。こういうことが積もり積もって、いつか決壊した時には、もう万全の態勢を敷いている戦時経済体制に有無を言わさず組み込まれてゆくのだろう。

あぁ、いやだいやだと思いながら、布団の上に寝そべって、辺見庸がチェット・ベイカーについて書いた短編を読み直す。チェットの堕ちきった、麻薬に取りつかれたその何の反省も悔恨もないプレイが、痛みを癒すわけでなく、痛みを忘れさせてくれる、という箇所が気に入っていて、読み終えると聴きたくなり、またぞろ起きてきてパソコンを起動し、YouTubeで聴くことにする。睡眠薬は随分前に飲んだが、チェット・ベイカー聴くのに烏龍茶はないだろうってんで、安ウイスキーに氷を浮かべて、しばしの邂逅、まったき無為な時間。魂にも緩めてもいい時間帯ってのがあるのさ。みんなが生産性や効率のことばかり言っていたら、やっぱり息が詰まるじゃないか。それでなくてもバンバンな閉塞感に追いまくられて一息つくことも出来やしないというのに。そんな時は、なんのメッセージもない、このとんでもないジャンキー野郎のチェット・ベイカーのプレイに耳を傾けて、魂を軽くするのさ、タンポポの綿毛のように。何も語らないってことは、時として癒しにもなる。無為に過ごす時間は通り過ぎる時間がすべて等質なものだと錯覚させてくれる。この錯覚から目覚めたくはないのだけれど、ジャンキーでない私はそうもいかなくて困ったものだ。しかしこの演奏は素晴らしい。辺見庸は良さが分かるまでに60年かかったと書いていた。私も素晴らしいとは言いながら、なんらその本質はわかっていないのだろうな。

では今宵のYouTubeはチェット・ベイカーで『マイ・ファニー・ヴァレンタイン』。どうぞごゆっくりお聴きください。

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by uts_home | 2009-07-28 00:46 | コラム
辺見庸という逃避
衆議院解散があって、皆既日食に沸いて、そういうことどもとは微塵の交わりもなく私の人夫仕事の日は暮れ、その憂さを串かつを生ビールで胃袋に押し込みながら晴らし、終電間際の列車に酔い醒めの悄然とした心地で乗り込む。「あぁ、このままの毎日ではいけない」と思いながら、いつも思いながら、結局は睡眠薬の助けを借りて昏々と眠り込む以外にプライベートらしいプライベートもなく、また日が明けたら何の生産性も遣り甲斐もない賃仕事に向かわざるをえない。実験場の白いマウスになったような心境で、この生というものを振り返ってみたりもするのだけれど、マウスは所詮マウスでしかない。「ドブネズミのように美しくなりたい」とザ・ブルーハーツは歌ったが、私は薬の副作用でブクブクに膨れて、もう美しいなんてもんじゃない奇怪な姿態を世間に晒しているだけのデクノボーである。こんな毎日に火をつけるためには、今のままでは多分あまりにブンガクが不足しているのだろう。昨日寝床についてからそう思いついた。

話題になっている村上春樹の『1Q84』を買おうかと、梅雨の晴れ間の休日、近所のスーパーの3階に入っている本屋へ向かう。見事に平積みされた『1Q84』を手に取ってパラパラと頁を繰ってみるものの、あまり読みたい気が起らない。そういえば私が村上春樹を読んだのは『国境の西、太陽の東』一冊きりで、どんな話だったかもさっぱり忘れているが、それほど肌に合わなかった記憶だけがある。だから何故彼がベストセラー作家なのかということが今もわからないままである。そしてずっと筆が止まったままの私自身の拙い小説風の試みに弾みをつけるべく、評価が高く売れる作家の文章にあやかりたいという思いもあって『1Q84』を読んでみようとも思ったのだが、3600円の支出はやはり今の私には重く、書棚をグルグルと回りながら決心をつけようとするも上手くいかず。3600円くらいパチンコに負けたと思えばどうということもないのかもしれないが、生憎ギャンブルというものに寸分も素養を持ち合わせていない私には、そういう決心の仕方が身に付いていない。
書棚を回っているうちに、辺見庸という文字が目についた。まだ私が持っていない『独航記』と『美と破局』が運良くあったので、『1Q84』はやめにしてこの2冊を買うことにする。これで私は辺見庸の著作を16冊所持することになる。
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辺見庸を読み始めたのは、T.N.君と一緒にこの『Under the Sun』の作業をしていた時で、彼には随分いろいろな書籍や音楽を薦めて貰ったが、当時刊行されたばかりの辺見庸の『自分自身への審問』もその中の一冊だった。恥ずかしながら私はその時まで辺見庸という人を知らなかった。薦められて随分日が経ってから、本屋で気まぐれに『自分自身への審問』を手に取り、読んでみた。これはなかなか誰にでも書けるものではないな、と思い、彼の著作を本屋で見かける度に購入するようになった。
面白い文章もあれば不快になる文章もあるこの人特有の筆の運びは、万人向けのものではないかもしれない。しかし非常に大事なことを言っている。病に倒れた後はより一層切実に、人間存在の闇に焦点を当てた思索が深まり、この時代にあっては他に縋るものもない私は、つい辺見の文章に耽溺してしまう。しかしこれも、辺見の文章を読むことも、ひょっとしたら体の良い逃避でしかないのかもしれないという朧な自覚はある。多分それくらいのことは辺見も承知の事なのだと思う。「だったら、だったら私はどうやって闘えばいいんですか!」と絶叫をあげてしまいそうになる夜ばかり続く。どうにかこうにか薬で興奮を抑え込み、機械的な眠りを眠る。もうどうせなら絶望の作法を教わったほうが話が早いのかもしれない。近頃仏教にかまけている私の本心は実はそのあたりにあるのではないか。「絶望の作法を身に付ける」という意味において。

辺見は安易な希望など語らない。辺見は人生における大事なこと、沈黙すること、を知っている。辺見の命がいつまで続くのかはわからない。もちろん私の命だっていつまで続くのだかわからない。みんなが生きているのはそういう「生」だ。ナマモノなのだ。取り扱いにはやはり慎重を期すべきだ。爆弾を落として破壊していいようなモノではない。

私は辺見の良い読者ではないと思う。だが、彼の著述は歴史的にもおおいに意味があることくらいはわかっているつもりだ。これからも新しい文章を読めることを楽しみにしている。

今日のYouTubeは、京都のクラブで辺見が講演会を行った時に会場に流されたという、クリーデンス・クリアウォーター・リヴァイヴァル(CCR)の『雨を見たかい?』です。日産セレナのCMソングにもなったこの曲ですが、実は痛烈な反戦歌であるということ。そういうものまで取りこんでしまう資本の強欲さというものに辟易してしまいます。芸術も消費の対象でしかなくなったこの後期資本主義経済社会において、「正義」とは一体なんなのでしょうか?

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by uts_home | 2009-07-23 16:39 | コラム
ネット世論て何だ(2006.03.19)
玄耕庵日乗』の素楽でございます。新着記事が書けず、またもや過去記事でお茶を濁して申し訳ないのですが・・・。3年前に書いた駄文です。ご笑納下さい。


ネットの中で特定アジアとか愛国心とかにセンシティブな人達に一言言いたかったり。

わしには爺さん2人いた。1人は大陸や南方へ行く前に内地で終戦を迎え、1人は病気で兵役を免れた。兵隊に行ってた爺さんは「田舎離れて集団生活楽しかった」とは言っていたが、2人の戦後に対する考えは全く正反対のものだった。
勿論社会的属性が随分違う2人だったから、色んなものに対して割に距離の遠い見解を聞かされてきたが、少しでも肌で感じたことと、書物と空想に依拠した言葉となら、わしは前者の方に少し比重を置いて物事を考えてみたい。

国やわしを守ってくれるなら、こんなありがたいことはない。そう考えてくれているのなら、是非自衛隊に入って組織の底辺を支え、日本の安全保障に貢献して欲しい。歪なピラミッドのままでは任務に支障が出る。

わしも警察学校入校1週間前に大学卒業させて貰えず警官になりそこねた人間だし、元自衛官の友人もいる。これがまたわしには勿体ないくらい義に厚く、最高にいい男だ。今はわしが顔向け出来る状態になく会えないが。911テロの実況速報を共に見たなぁ、懐かしい。
というわけで、心情的に共感出来るところもある。
だから安全保障上の問題が最重要課題だと思うのであれば、それに尽力するべく速やかに入隊されてはどうか。
時の流れは思ったより早いし、ボヤボヤしていると年齢制限に引っかかってしまう。

セネカではないが、人生は短い。自分の主義主張に殉ずるのは男子の本懐じゃないかね。
主義の違う人間の庭で言い散らかすことが安保向上につながるかね。論戦に勝ったと悦に入ることが国益につながるかね。
男なら、そういう意を異にする人間も、グッと黙って守ってやりなさいよ。
人任せではいかんよ。あなたがやりなさい。
さぁ筋トレ開始。

そしてあなたがわしらを守ってくれるように、わしらもあなたを守ろう、守れるように精一杯尽力しよう。一体何が出来るかはまだわからんが、そうあれるよう考え続けよう。
訳の分からん最高指揮官からあなたを守れるように。訳の分からん輩が最高指揮官にならんように。

あなたの公に対する想いが、つまらぬねじまげられた唾棄すべき結果を生まぬように。

あなたは尊重されるべきだし、あなたが尊重されると同じように他者も尊重されるべきだ。もっと言えばわしは尊重されなくても皆は尊重されなければ。
そう思う31の寒い春。


今宵のYouTubeは、ポリスで『見つめていたい』。悩める若者達の一挙手一投足を具に見つめて、その苦悩を掬い取ってあげたい気持ちはあるのですが、私自身の生活もままならず、なかなかそういう活動に手を出せないでいます。彼らには、安直な国粋主義や政治経済観に陥って欲しくないし、『人間』の悲哀や苦悩や愚かしさや愛らしさをもっともっと見つめてもらって、投票行動に映して欲しい。そう思ったりもするのですが、いかんせん35歳非正規社員では、誰も聞く耳なぞもってくれませんかね?

次回の更新は連休明けになると思います。またよろしくお願い致します。
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by uts_home | 2009-07-18 05:35 | コラム
長距離ドライバーの悲哀(2005.06.11)
玄耕庵日乗』の素楽でございます。昨日「書きまくる」と宣言したにも関わらず、過去記事でお茶を濁して申し訳ないのですが・・・。4年前に書いた駄文です。ご笑納下さい。


NHKスペシャル『トラック・列島3万キロ 時間を追う男たち』を見る。『放送文化基金賞 テレビドキュメンタリー番組賞』受賞記念アンコール放送らしい。ふ~ん。去年、本放送後の再放送の予定が急遽中止になったいわくつきの1本。どこからか圧力があったのか?
「日本経済の“血液”として、物流の9割を担ってきたトラック業界。いま時代の大きな変化の波にさらされている。「時間指定」や「産地直送」など、企業や消費者から“より早く”“より安く”を求められる一方、相次ぐ事故の影響により、大型トラックに対しては時速90kmのスピード制限装置着用が義務づけられた。「スピード」と「安全」のはざまで、大型トラックのドライバーたちは、葛藤を続けている。睡眠時間をぎりぎりまで削り、到着時間を“追う”男たち。故郷を一か月近くも離れ、全国各地を転々とする男たち・・・。
 撮影チームは3月、トラック業界の現場を見つめるため、神奈川県にある長距離ドライバーのための休息施設“トラックの港”で取材を開始した。そして、そこで54歳の一人の長距離ドライバーと出会い、トラックに同乗して取材の旅へと出た。旅からかいま見えてきたのは、スピードや効率を求める一方で、大切なものを失い続ける現代の姿だった。
これは、日本列島3万kmを走りながら見つめた、現代の“トラック野郎”たちの記録である。」

舞台となった長崎の運送会社では「安全輸送」を謳い文句にし顧客獲得を図る。
「延着はできない、スピードは出せない、あとは自分の休憩時間を削るしかない。」
飯を喰いながら、時には小便をしながら、ハンドルを握る。信号待ちの間に僅かに目を瞑る。
ドライバーの仕事は運転だけではない。荷物の手積み、手下ろしもある。
「安全輸送と言われて、時間は制限されて、どぎゃんしたらええかわからんとですよ」
「もう延着してもええと思う時がありますよ。給料なんていい。もうここで寝せてくれ、っていうね。家族を犠牲にしてまで365日車の中ですからね、結局、なんのために走っとるかわからん。」

長崎の事務所、課長がドライバー達にハッパをかける。。「雪でも台風でも延着は許されん。でも制限速度は守って貰わんと、これからはもう仕事ないけんね。」
以前延着のため取引を停止されたメーカーからの、2年ぶりの仕事。高速代もある程度出る。千葉から大阪まで原材料の輸送。所要時間は8時間、持ち時間は9時間、1時間の猶予。しかし都内を抜けるのに渋滞につかまれば・・・。遅れれば工場のラインは止まり大損害が発生する。0時千葉出発。ゴールデンウィークの真っ只中、東名を走るか、中央を走るか、どちらの渋滞が短いか・・・長年の勘を頼りに道を選択する54歳ベテランドライバー。年収は約300万円。時間に追われる毎日で胃を患い2/3を切除した。家に帰ることもままならず30代で離婚、男手ひとつで子供4人を育てた。参観日も卒業式も出てやれない。娘の婚約者に会う時間さえままならない。運転席の、たった一度、家族5人で行った旅行の写真。もう一度5人で旅行に行くのがささやかな夢・・・。
夜も明け始めた5時、中央道の山道を90km/hをキープするためアクセルを踏み続ける右足は痺れて感覚がなくなってくる。しきりに右手で太腿のあたりを揉み込む・・・。
_________________________________________
私の微々たる就業経験はトラックとともにあった。最初はおっかなかったドライバー達も、すぐに好きになった。職場から家までトラックに乗せてもらったことがある。あの目線の高さは気持ちが良かった。馴染みになったドライバーの家に旅行がてら泊めてもらったこともある。色んなドライバーがいるが、皆ニオイは同じだ。いい人が多かった。一緒に煙草を吸いながら話をするのが好きだった。色んな荷の話を聞いた。ちょっとした愚痴を聞いて貰った。同じ職場の人間より、心安かった。毎日飲みきれないほど缶コーヒーを奢って貰った。気に入られて融通してもらおうという算段だったのだろうが・・・。

しかし一刻も早く積み込んで目的地に向かいたいところを、延々待たせた。場合によっちゃ12時間なんてザラ。こっちにはこっちの事情がある。ドライバーはいつ声がかかるか分からず、外に食事に行くことは勿論、トイレも極力控える。アイドリングストップ徹底のおかげで真夏でも冷房は使えない。弁当も腐る。待たせたドライバー達には詫びと冗談のひとつも飛ばした。机の上ではカリカリしていたが、ドライバーには出来るだけ笑顔で接しようと思っていた。嫌な思いをしたまま走られて事故されるのは嫌だった。それにドライバーも消費者のひとり、積んで行って貰う荷を少しでも好きになって欲しかった。

深夜、「延着が確定する」と半分泣きながら訴えられたこともある。「高速代出してくれるんか!」と胸倉摑まれたこともある。早朝、「時間通り来て貰わないと困る!」と遠路はるばるやってきたドライバーを怒鳴りつけたことも数知れず。一度やってきた車を追い返すこともザラ。過労死の現場を目撃したこともある。通路の向こうから歩いてくるドライバーが派手に倒れた。頭から血を流しピクともしない。後で聞くと滅茶苦茶なスケジュールで走っていた、走らされていた。遠方から家族が病院に駆けつけた。思い出しただけで胸が苦しい。

景気が悪くなり、メーカーは物流費用に目をつけた。効率化という名の下に、極端なダンピングを行う。メーカーだけでなく大手小売も外食産業も、不要在庫の抱え込みを減らすべくジャストインタイムを敷く。生鮮品はセリに間に合わなければアウトである。様々な荷が、到着すると同時に仕分けされ右から左へ流れてゆく。停滞は時間とスペース、カネのロスだ。
規制緩和による運送会社の増加、仕事の奪い合い、運賃競争、排ガス規制、原油の高騰etc.・・・運送会社を取り巻く現状はキビシイ。

三菱ふそうの不祥事がある。せめて安心してハンドルを握ってもらいたい。
尼崎の列車事故がある。1分1秒に追われた結果、大きなものを失うこともある。

欲しい時に欲しいものが手に入る。素晴らしいことだ。潜在的な需要を喚起し、無駄を抑え、大きくビジネスも飛躍する。乾いた雑巾を絞って絞って絞りぬく。しかしその陰で、たくさんの人の様々な豊かさが損なわれているように思えてならない。(公金については、ある面は絞りに絞って欲しいが・・・)
過剰な欲望は、めぐりめぐって自分の首を絞める。ここ6年、この国では毎日100人近く実際に自らの首を絞めている・・・。

市場の失敗を是正する気など毛頭なく、経団連のいいように法改正する政治など政治と言えるのか?今の私ではあんまりこういうことは言いたくないのだが、変質者山拓がしゃあしゃあとテレビに出ているのを見てムカついたので言ってしまう。
自殺者数が増加していることについて聞かれ、「どういう事情かわからないが、あまり悲観的に思わないで、がんばっていただきたい。理由はなかなかわからない。これだという特効薬がないので困っている」なぞとホザク馬鹿タレがこんなに長く総理やってしまうのは、やっぱり異常だろ。

深夜の道路、何台ものトラックとすれ違う。気をつけて、と胸の中で呟くのが習慣になっている。


今宵のYouTubeは、サンボマスターで『美しき人間の日々』。ではまた明日。

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by uts_home | 2009-07-17 08:20 | コラム
書きまくる
玄耕庵日乗』の素楽でございます。今宵は少々酔っております。京の夜は祇園祭で一層艶やかさを増しております。
今夜からしばらくの間、此処『Under the Sun』のコラムに連続投稿したいと思っております。しばしのお付き合い、どうぞ宜しくお願い致します。


ジリジリとした四年間だったが、ついに選挙の時を迎えることが出来た。とりあえず、此処まで生き延びる事が出来た自分に乾杯。
堪えに堪えた四年だった。この間に自ら命を絶つほかないほど過酷な日々を送り、その命の灯をやむなく消されてしまった何万という方々の無念さを胸に刻み込み、来るべき決戦の日に臨みたいと思う。

「自民党がどうだ、民主党がどうだ」なんて事を、T.N.君と創り上げ、細々とながらも、賛同して頂いた数多くのブロガーの皆様と築き上げてきたこの『Under the Sun』の場で言いたいわけではない。
この四年間、皆さん様々な市井の場で、辛酸を舐められてきたはずだ。その思いを、掬われる事なく救われなかった思いを、存分に吐き出して欲しい。

「明治維新以来の官僚支配政治に終止符を打つのだ!」「必ずや人民主導の政権交代をなすのだ!」と息巻くブログもある。私はそこまでの思いは、正直ない。日本映画学校中退、立命館大学政策科学部卒の私の眼から見て、日本の民主主義はまだそこまでの、明治の呪縛を解けるまでの段階には、ない。まだまだ大衆はうつろい易く、「わたくし」を脱した政治意識を持てるような社会経済的状況にないと思う。学生の頃におぼろげに思い描いていた社会と、その実像はまるで違い、泥水を啜るようにして生きている人が大半なのが、この2009年の現実だ。それなのに何故今日のような社会を迎えてしまったのかという疑問と、自分自身に対する忸怩たる思いもあるが、それが現実だ。55年体制を具現化した人物の孫達が、何故この09年の政争の主役なのか。胸につかえるモノを消し去ることは出来ない。

私は名だたるブログの書き手のように、上手く文章を紡ぐ事は出来ない。ただ、今回の総選挙に対しては、今までの私の35年間の人生を振り返ってもかつてないほどの、ほとばしるような気持ちは、ある。それを「希望」と言ってしまっていいのかはわからない。何もなければ選挙なぞというものは四年経てば訪れる。この晩夏に予定されている選挙も、ままあるその一回に過ぎないのかもしれない。
それでも、それでもと言いたい何かが胸をせり上がってくるのを抑えられないのだ。今はその気持ちの奔流のままにキーボードを叩いている。拙いかもしれない、切ないかもしれない、それでも、それでも託したい「何か」。明日を生き抜いていくための「何か」。

そんなものを背負ってくれる政治家など存在しないのかもしれない。「いなければ作ればいいではないか」、そんな問いに対するだけの気力は残念ながら今の私にはない。そんな、堕落して、気合の入っていない、薄汚れた私でも、何とか世界に対して気まずい思いをすることなく、綺麗な朝焼けを合掌して拝めるような、そんな社会にして欲しい。そんな、そんな・・・せめて・・・。

今宵のYouTubeは、U2で『One』。また明日。

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by uts_home | 2009-07-16 00:41 | コラム
『人間』その不可思議なるもの
大学生の時、あまりに世の中の人達が何を考えているのかがわからなくて、統計的・計量的に人間というものを捉えて、その行動原理を理解しようとしていた一時期があった。今考えれば、なんと馬鹿な事をしようとしていたのかと思う。

一人の人間を、目に見える社会的属性だけで判断するなんて、なんて無意味な事だろう。一人の人間の中には、宇宙の全てが内在しているというのに、ペーパー上の都合でその躍動する宇宙を敢えて除外し無視する。

体裁だけは整ったペーパーが完成して、しかしてそのペーパーは、一体人間の何を語ったことになるのか。それは愚かな行為だというくらいは私の愚かな知性でも分かったので、それ以上その研究からは足を洗ったが、今現在も我々の暮らしは計量化され続けて、ロクでもない政策の策定根拠として霞ヶ関あたりを飛び交っているのだろう。

数値化された人間、加工されるデータとしての人間、それで飯を食ってるヤツラがいて、金儲けの材料にする。そこにはもう『人間』はいない。思惑という手垢がべったりとついたデータが、陰に陽に売買されるだけだ。

年間3万人以上の自殺者が10年連続という統計は、一体何を表しているのか。一日平均100人以上の自殺者を出しているこの国の、何を表しているのか。自ら命を断たざるをえなかった彼らの、何を理解したというのか。パソコンのディスプレイに流れる数字だけでは掬い切れない、『人間』という存在に対して、どう向き合えばいいのか。

この国には『人間』を大切に扱わない伝統がある。これは歴史上でも今現在の社会でも遍く見られる光景である。こんな世の中で、子供達に『いのちを大切に』と教え諭しても、子供達が大人になった時には、教わった事と現実世界とのギャップに少し苦労するのではなかろうか。全ての命が平等に尊重されることなど一切なく、露骨に冷酷に命の軽重を見定める『大人達』のそぶりを見て、この世の非情な成り立ちに失望することもあるだろう。そんな彼らに発するコトバを私は持っているだろうか?

『人間』という存在をナメてはいけないと思う。しかし今の政治家やマスコミや産業界は、この『人間』を全く考慮に入れていない。同じ人間、同じ日本人でありながら、『人間』に対する畏怖の念がない。

湯水のように『人間』を使って、己の私腹を肥やしているのが、能力のかけらも持ち合わせない世襲政治家であり、毒電波を撒き散らしているマスコミであり、政界に恫喝をかけ続ける経団連である。

どうすれば『人間』を復権出来るのだろうか?これを考え抜く事が、毎日毎日断腸の思いで暮らしを繋いでいる人や、苦しみ抜いた末に自ら命を断つ事になってしまった人に対する、応援歌や鎮魂歌になるだろうか?

不景気でもいい。人間を大事にする社会になって欲しい。切にそう願う。
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by uts_home | 2009-07-03 12:09 | コラム
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