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まもなく……
みなさん、こんばんは。
『逍遥録―衒学城奇譚―』の発掘屋です。
コチラでの更新はお久しぶり。
のんびりしているうちに、もう衆院選を直後に控えております。

想えば、郵政選挙と銘打たれ、自公与党とメディアにより、本来の政策や国民の生活をまったく置き去りにしたお祭騒ぎが演出された前回の衆院選から、ほぼ4年が経過したことになります。
みなさんもご存知のように、その選挙により自公与党は3分の2以上の議席を獲得しました。

さて、そしてこの夏。
今回の選挙はどうやら民主党に“風”が、それもとてつもない“大風”が吹くであろうというのが大勢の見方のようですね。
おそらく、民主を中心とした政権が、この国に誕生します。
一方で小政党は埋没し、存在意義がなくなる恐れがあります。
いわゆる二大政党制の嚆矢となるのかもしれません。
今ボクらは、ある種の興奮の中にいると云えるでしょう。

ですが、ボクはそれに非常に危ういモノを感じます。
感情は、ひとときの興奮時をぬければ、急に冷めていくものです。
民主政権になった途端、日本の景気が回復するなど夢物語です。
政治には時間がかかります。
特効薬はありません。
ましてや自公与党の手によって、破壊されつくした日本のシステムを、再び正常な軌道に乗せるのには、とんでもない時間と気の遠くなるような根気が必要です。
興奮の中で支持した者たちに、ソレが待てるのか、我慢できるのか?

庶民は決してバカではありません。
今回は解散、解散と云われてから長い時間がありました。
その間、いえ前回の選挙から、検証する時間は充分ありました。
その上での判断が下されるのです。
ですが、そのような冷静な判断とは別に、民主が大勝するという浮ついた雰囲気ができあがってしまっているコトも、また事実です。
この4年間は、この国が今後どのように進むべきかをじっくり考える貴重な時間であったはずです。
しかしその実態は、浮ついたお祭騒ぎ、お祭騒ぎ、お祭騒ぎ……

郵政選挙の結果、どのような国となったか?
庶民にどのような利益を与え、また不利益を与えたか?
自公与党のこれまでの政策は正しかったか、これからの政策は庶民に幸福をもたらすものか?
民主の政策は庶民のためになるのか?
自公がダメだから、自公にお灸をすえなければ、そんな理由で民主を支持してよいのか?
どの政党が一番庶民のためになるのか?
将来のヴィジョンは?

そういった根源的な議論が、なされたでしょうか?
政治家も相手を誹謗するコトにやっきとなって、そのような根気や地力の必要な議論を避けてきました。
もちろん民主党の政策にも、高速道路無料化など、まったく賛成できないものも多い。
一方、今までしてこなかったくせに、選挙前になるとアレもやるコレもやると云う自公与党の欺瞞はそれ以上に信用できない。
メディアは小沢と西松との関係、首相の漢字読み違いや失言などのゴシップを追跡するばかりで、庶民の眼を政治の本質からかけ離そうとしているように感じます。
衆院選を直後に控えた今、自分たちの未来について、どれだけしっかりとした話し合いがなされてきたか?
中途半端な熱狂の中、ボクらは確かな手ごたえを感じているのか?
自分たちの下した判断に、根気と覚悟を以って未来を託すことができるのか?

与党は云います。
「自分たちには実績がある!責任力がある!」
だからこれからの国政も任せてもらいたい――と。
なるほど、与党の政策により、庶民の生活が豊かになったのなら、それもよいでしょう。
でも実際はどうでしょうか?
この4年間に、自分たちの生活が向上したと感じられるヒトが、一体どれぐらいいるでしょうか?

ボクの眼に映るのは、彼らの悪政により、疲弊しつくした善良で平凡な多くの庶民です。

ボクのように、政治や社会について何か発言しようなんてガラでもない人間が、たまにそんなハナシをするのも、前回の選挙により、ボクらが直面したモノ、ボクらに押し付けられたモノが、あまりにボクらの手に余るからです。
ボクに大きな欲はありません。
ただ自分の身丈にあっただけのモノがあって、それがみとめられ侵されない世界があれば、充分なのです。
だから、少しずつですが、こんなハナシをしてきた。
日本を変えようとか、そんな大それた想いはない。
ただ、ほんの少しだけ、こんなコトを考えてるヤツがいるんだなぁって、誰かが知ってくれるだけでよかった。

まもなくひとつの決断がなされます。
そしてこの国は、その決断に身を委ねることとなるのです。
願わくば、その決断が、ボクらの未来をよりよき方向へ導かんことを。
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by uts_home | 2009-08-28 23:40 | コラム
彼と彼女のブルーズ(3)
もう冷めてしまった不味い缶コーヒーを口一杯に含み、目一杯倒したシートから少し体を起こす。知らないうちに眠っていたようだ。日曜日の朝一番の新幹線は乗客もまばらで、徹夜明けの秋山の神経を逆撫でる者はいない。少し霞んだ目で車窓を見遣る。朝焼けが綺麗だ。久しぶりに見る朝焼け。東の空の雲に映える赤、オレンジ、白、紫、濃紺のグラデーションが、今日もきちんと一日が始まることを知らせる。窓の外は日が昇る前の一番の冷え込みだろう。枯れた田圃と視界を遮る低い山並みがいつまでも続く。秋山の目に映るそれもこれもが誰かの所有地であり財産であり、七面倒な文書や記号が貼りついている。手を入れたり相続する人のいなくなった田畑もあるのだろうらぶれた田舎の景色。だがそれもこれも他人の秋山には関係ない、ただ流れていくだけの景色に過ぎない。ある時は素晴らしく感じ、ある時は鬱陶しく感じる「距離」を埋めている景色だ。年を取るにつれて「旅情」とは程遠い、魅力的でない「移動」が増えていく。
 
 新幹線を降り在来線のホームへ向かう。駅構内では耳慣れた方言の人々が行き交い、特産物をキャラクター化したマスコットのハリボテが秋山を迎える。乗り換えの有人改札の上にある時刻表を眺める。いつの間にか電光掲示に替わっていた時刻表を見ながら、田舎もそれなりに変わっていくものだな、と思う。乗り換えまでまだ時間がある。「小腹が空いたな」と思い、立ち食いそば屋で七味をたっぷりかけたたぬきそばを啜る。美味くも不味くもない、駅の立ち食いそば。一時腹を満たすためだけの食事。味も素っ気もないそれは、なんとなく人生に似ていると秋山は思う。
 すっかり日の昇ったホームで一時間に二本しかない列車の出発を待つ。喫煙スペースがホームの一番端にあり、面倒臭いな、と思いながらそこまで歩いて一服つける。ジャージ姿の女子高生の団体が、長い弓を持って同じホームに立っている。きゃあきゃあと嬌声を上げながら、お互いの脇腹をつつき合ったりしている。彼女達の人生にとって、多分今が一番夢も希望もある時期なのだろう、箸が転んだだけでも可笑しいはずだ。
 入ってきた二両編成の列車に乗り込むのは、秋山と女子高生にあと二人。目的地までの五十分、少し眠りたいので女子高生とは違う車両に乗る。暖房のおかげで自然と瞼が落ちてくる。見知った景色を眠い目擦りながらわざわざ眺める義理はない。列車は冬晴れの穏やかな海沿いの線路をコトコトと走り抜けてゆく。

 終点から一駅前の駅で降りる。何度となく乗り降りした木造の小さな駅舎、飲み明かした体にはただただ面倒臭さが先にくる。駅前に一台しか待っていないタクシーに乗り込み、行き先を告げる。地元の言葉で話す運転手のお喋りには耳を貸さず、ただただ腕を組んで窓の外を見遣る。国道沿いに全国フランチャイズの外食チェーン店やコンビニがポツリポツリと出来ている。来年開通する高速道路のインターに繋がる県道沿いの、だだっ広い駐車場を持つコンビニでタクシーを待たせ、缶コーヒーとワンカップを二本ずつ、線香、それに封筒を買う。その後コンビニの周りをグルリと回りながら煙草を一本吸う。此処は以前秋山の母の実家があった場所だ。秋山自身も小学五年から高校卒業まで此処で過ごした。歩きながら、以前の家の間取りを思い出そうとするが、年々その行為もおざなりになっている。辺りの景色も徐々に変わってきた。ここを離れて十二年、もう郷愁を誘われることもなくなった。再びタクシーに乗り、買ったばかりの封筒に比較的綺麗と思われる一万円札を二枚入れる。タクシーは音もなく出発する。

 両親の離婚が原因で、秋山がこのミカン山に囲まれた土地にやって来た頃、日本の経済はまだ没落の徴候すら見せておらず、父親と別れた寂しさはあったが、よくしてくれる母方の祖父母と母、六つ違いの妹とともに暮らした日々に振り返りたくないような思い出はなかった。小学校ではよくある転校生へのいじめにも遭うには遭ったが、そんなに陰険なものではなく、ガキ大将と一度拳を交えた後は、みな仲間と認めてくれた。それから地元の少年野球チームに入り練習に明け暮れる毎日だった。今思い返しても、少年時代に暗い面影はなく、幸せな少年時代だった。子供の夢を尊重してくれる大人がいて、大人達もそれぞれの暮らしを落ち着いて送っているように見えた。世界は強固なもので、明日という日を迎えるのに不安を掻き立てられることはなかった。家の周りを囲むミカン山はその姿を変えずに、秋山が死ぬまでそこにあり続けるものだという、根拠のない確信があった。
 しかし今日見るミカン山は荒れ放題で、大きくなって自然に落ちたミカンが山の斜面を転がったり、木の根元に落ち放題になっていた。ミカンを作る人も減って、山が捨てられているのだろう。随分使われていない錆びたミカン運搬用のレールが、山の斜面に幾筋も残るだけだ。人の姿はまったく見えない。直接の原因は、オレンジの自由化だろうと秋山は思う。ミカンを作っていた人達は猛反発したが、時の政権の政策方針は彼らを一顧だにせず、アメリカから安いオレンジが大量に入ってきた。それだけのことで、秋山の知っていたこの辺りの景色が徐々に変わっていくことになり、あれだけ明るく自信に満ちていたように見えた大人達も不機嫌になっていった。以来十数年、大人達の心からの笑顔を見ていないような気がする。それは秋山自身も含めて。

 タクシーはミカン山をひとつ越え、山の斜面に並んで張り付くように慎ましやかに佇んでいる墓地へと向かった。
幼い頃は、墓参りに行くのが楽しかった。一家総出で弁当を持って、たまに軽トラックが通るだけのミカン山の山道をポツリポツリ、祖父から昔話を聞いたり、左手に広がる穏やかな海を見たり、流れる雲に心遊ばせたりして、墓地までの道を歩いた。祖父はよく戦争の話をしてくれた。祖父にとっては地元を離れる最初の機会だったらしく、軍隊での共同生活もそれなりに楽しかったと言っていた。それは多分、外地へ赴くことがなかったのが大きな原因だろうと、中学生になった秋山は思ったが、祖父の出征前の写真を見せて貰うと、写真の中の二十歳の祖父はやはり幾分緊張した面差しで、生きて帰ってはこられないことも覚悟していたのかなとも思った。
タクシーを山の麓で待たせておいて、秋山は急な斜面を登って行った。秋山家の墓は、墓地の一番奥の山側にあった。祖父母は家と土地とミカン山を売った金で有料老人施設に入ってまだ健在なのだが、母は四年前に他界していた。くも膜下出血だった。珈琲と酒が好きな人で、いつか自分で喫茶店を持つのが夢だと言っていた。墓に手向けられている花はもうだいぶ萎びていた。そういうと、秋山は墓に花を持ってきたことがない。いつも缶コーヒーとワンカップを一本ずつ墓に供え、線香を焚き、墓の前で自分も缶コーヒーとワンカップを飲み、亡き母との時間を過ごす。墓に参る度に、なかなかいい話が持ってこれないでいる。それでつい、墓参の足も遠のく。「早く嫁さんでも見つけなさい」と墓の下から母が渋い顔をして言っているようだ。「そういろいろうまくはいかないんだよ、かあさん」と秋山はひとりごちる。
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by uts_home | 2009-08-17 02:30 | コラム
彼と彼女のブルーズ(2)
由紀が教員を辞め実家に帰ってきて、もう四年になる。憧れだった小学校教諭の座につくのも並大抵の努力ではなく、浪人までして全国の教員採用試験を受け続けて何とか勝ち得たものだったが、晴れて赴任した海沿いの工業都市の小学校、実際の現場は想像していた以上に大変で、由紀は日々精神をすり減らしながら児童と向き合っていた。不調はある日突然やってきたというわけではなかったが、自分ではそう認識しにくい。学校に行くのが辛くなるとは思ってもみなかったが、医師の診断は鬱だった。しばらく休職した後、出たり休んだりを繰り返していたが、そんな自分が嫌になり、結局地元に帰った。両親は安堵したようで快く一人娘の帰還を受け入れてくれ、由紀の生まれて初めての一人暮らしも終わりを告げた。都合四年の教師生活だった。
 帰ってきてしばらくは何もせず、専業主婦の母の手伝いをしたりしていたが、近所のおばさんが「もったいない」と言って持ってきてくれた塾講師の話に乗り、三月ばかり小学六年と中学三年のクラスを受け持った。しかし教室で生徒のまっすぐな視線を受けると、由紀はうろたえた。「私はこの子達に何を教えればいいのか」と、学生の時は大層に持論をぶっていた教育論は何処へやら、人としての自信すら失いそうになり、子供と向き合うどころか自身のことも霧の彼方のようで、そんな自分を叱咤しながら教壇に立つには立ったが、そんな日々が長く続くはずもなかった。由紀はまた自室で過ごす時間が増えるようになっていった。

 閉じこもりがちになる由紀を連れ出してくれたのは、学生時代の親友の香織である。香織は由紀が地方に赴任している間に、学生時代から付き合っていた彼と結婚し小島から大野へと姓を変えていたが、しっかりと実家の近所にマンションを借り快適な結婚生活を送っているようだった。正直、人生を順調に歩んでいるように見える香織を見て内心穏やかでない時もあるが、「人は人」と割り切らなければまた不調の種になってしまう。そうは言っても、三十を過ぎてしまった身には言い訳にしかならないかもしれない。不調、不調、といっていても、時は過ぎる。過去は還らない。
 もう一人、由紀に刺激を与えてくれるのが、これまた学生時代の親友の尾崎佐智子だった。佐智子は帰国子女で、学生の時から夜のバイトをしたり何かとハジけた女だったが、本人の第一志望で入った教育出版社をあっけなく二年で辞め、今は大手の経営コンサルタントで通訳をしていると言っていた。いうなれば佐智子も教育に合わないタイプの人間だったということだ。色恋もそれなりに派手に楽しんではいるようだが、妻子ある男との関係が五年も続き、それが頭痛の種になっているようだった。前回お茶した時も「そろそろ潮時かも」といつものように眉間に皺を寄せて葉巻の甘い煙を吐いていた。由紀には何故そんな思いをしてまで不倫を続けるのかわからなかったが、何事にもハッキリしているタイプの佐智子がことこの件にだけグズグズしているというのは、やはり男と女には、二人だけにしかわからない何かがあるのだろうと推察するしかなかった。もちろんお互い三十も超えて、それぞれの色恋に忠告するような野暮なことは出来なかったし、由紀は不倫でも道に外れた恋でも何でもいいから、久しぶりに胸が高鳴る気持ちになりたい、と佐智子の話を聞くといつも思った。

 由紀の朝は遅い。午前十時を過ぎてもまだベッドの中にいることが多い。母親ももう起こしにくることはなくなった。百円均一ショップでのバイトは午後四時から午後十時までの六時間。その他の時間は自由だ。有り余る自由。悲しいパラサイト・シングル三十代の自由だ。この自由を金銭に換算すればいくらだろう。この自由を得るまでに人類が屠った血の量は如何ばかりだろう。毎朝、そんなことを思いながらしばらく自室の天井を眺める。睡眠薬のせいで少しボーッとした頭を持て余しながら、ベッドから起き出し窓の外を見遣る。街路樹はもうとうの昔に裸になっており、冬の優しい陽射しが穏やかな住宅街を包んでいる。音ひとつない。音ひとつない世界に、私ひとり。そんな気持ちに陥ると、きまって大声を出してこの静寂を破りたくなった。しかし部屋のドレッサーに映る由紀は、そんな突拍子もない行動が似合う小娘では、もうなかった。ドレッサーの中の寝起きの自分の顔をしげしげと直視した後、いつもこんな気分に陥った時はそうするように、ニルヴァーナの『Never Mind』をヘッドフォンで大音量で聴いた。
 階下のキッチンで味噌汁の鍋を暖め直していると、勝手口脇のコルクボードが目についた。ピン止めされているメモ帳には「AM10:00~PM3:00 ひまわり。母」とある。母親は最近近所の老人福祉施設で昼食介護のボランティアに出ている。今日も家族の誰とも顔を合わさない日になるだろう。そのほうが、気が楽でいい。
 母親には「介護ヘルパーの資格でも取れば」と勧められたが、子供相手の仕事をした後、何故老人相手の仕事をしなければならないのかと噛み付いた。母親の通っている老人福祉施設も覗きに行ったことはあるが、あのなんとも言えない時間の流れに背筋が寒くなるような思いがした。由紀以上に無駄に息をし、時間を持て余している存在がそこかしこにいた。自分が自分であるかどうかもわからない、ただ生きているだけの命がそこにあった。かつては誰かの可愛い息子であり娘であり孫であった存在が、頼りがいのある父であり母であった存在が、皆一所に集められ強制的に寝起きさせられている。そこに命の尊厳を、由紀は感じることができなかった。己の人間観、人生観の乏しさを歎きもしたが、実際に臭いのする赤の他人の老人達を前にして、手を差し伸べたいとは素直に思えなかった。施設には多くの若者達が働いていたが、彼らには感嘆こそすれ、その心情は理解しかねた。対象は日々死にゆく人々なのだ。そんなことを言ったら「人は生まれた時から死に向かって歩いている」と言われるかもしれないが、実際にただ単に死までの時間を引き伸ばしているだけに見える対象に対して、愛情を持って接するなど出来ることだろうか、人は人に対してそこまでの思いを持てるものだろうか、と由紀は考えた。勿論彼らだって仕事だからそれをやっているのだ。由紀が以前子供達に掛け算を教えていたように、オムツを取り替え、風呂に入れる。そこに個人的な感傷を差し挟む余地はない。早く割り算を覚えさせることが肝要なのであり、上手に体位交換できることが重要なのだ。サービスの受け手の立場に立って物事を考えなければ、しばし労働従事者は己の存在意義を見失うことになる。とはいえ、やはり日々育ち成長していく子供達と、日々老いさらばえていく老人達とでは、あまりにギャップが激しすぎた。こういうことに逡巡しだすと、由紀は決まって「本当のところ、私はそんなに人間が好きではないのだろう」と結論づけた。そうやって、自分自身からも距離を置いていた。何事も深く考えることに臆病になっていた。そんな状態で、万が一出会いなどあっても恋などできるはずもなかった。
 味噌汁にご飯に漬物と簡単な朝食兼昼食を済ませ、見るともなくいつものように昼の連続ドラマを見、続けて始まったワイドショーの中の喧騒に嫌気がさしテレビを切った由紀は、バイトに出かける準備をした。さすがにスッピンではもう表に出られないので薄く化粧はするが、格好はいつもトレーナーにジーンズにパーカーといったラフなものだった。電車で行けば二駅かかるバイト先までの道のりを、由紀は線路沿いの道を四十分かけて歩いて行った。毎日歩いていると、日々景色の中の変化を感じることが出来、それが今の由紀の唯一の楽しみだった。それに歩いていると、体調も整えられて脳の具合もよくなる気がした。この道を真っ直ぐ行けば何処まで行けるのだろうと、小学生の男の子みたいな事を考えながら歩くのは楽しかった。世界の中で由紀だけが、カネにも毒されず、時間にも束縛されず、真っ当に生きている気持ちになれるのも嬉しかった。
 バイト先での仕事は単調そのものだった。入庫品を検品し、品物を棚に揃え、レジを打ち、お辞儀をする。由紀の目から見ても、よくこんなものが百円で売れるなという品物がたくさんあった。大方中国あたりで大量に安く作っているのだろうが、これを作っている中国人達の生活を想像すると、やっぱり日本は豊かなのかもしれないと思ったりもした。そうはいっても、近頃は生活必需品を百円均一ショップで賄う人が増えていて、日本の不景気の根は深そうだった。そんなことを考えながらも、黙って品物を選んで買っていくだけの客の相手は、精神的に楽だった。ナマモノとしての人間を感じずに済んだ。経済的合理性だけで動く計算可能な存在としての人間のほうが、子供や老人の相手をするよりはるかに簡単だと思うが、世間一般では大人相手の仕事のほうに価値があるように思われ報酬も大きい。それに比べて子供や老人相手は苦労と報酬の面で言えば、ほんと好きでないとやっていられないと思う。それもこれも、多分政治が悪いのだろうというくらいは由紀にも分かるが、かといって積極的に政治にコミットしていこうという気にもなれなかった。あれこそカネに縛られた、人間としては最低な生き方だと思う。
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by uts_home | 2009-08-17 02:18 | コラム
彼と彼女のブルーズ(1)
村瀬は休日出勤の帰宅途中の車の中、いつもつけっ放しにしているFMラジオを聴くともなく聴いていた。山手の住宅地へ向かう片側二車線のレーンはテールランプで埋め尽くされている。その上をモノレールが音もなく滑ってゆく。いつもこんな早い時間に帰宅することがないので、帰宅ラッシュの波に少々イラつきながら煙草に火を点ける。ラジオの番組が華やかなクリスマスソング特集からニュースに切り替わる。派遣労働者に対する急な契約打ち切りの話が全国各地の自動車工場を中心に起こっており、この年末には大量の派遣難民が発生するとニュースは告げた。
「帰る家と仕事があるだけマシなのか・・・。」
と村瀬はひとりごちた。確かに工場の人員も、繁忙期の今は多くの日雇いバイトがギフトセットの生成に励んだり、多くの出荷量に見合うだけの車が混みあったりしているが、これも年が明けると場内がガランとするのは毎年のことだった。一サラリーマンの村瀬には、事業主の年末の資金繰りの辛さなど想像も出来ないし、日々自分の仕事をこなすだけで精も根も尽き果てるばかりだが、世界同時不況と言われる昨今、その影響は村瀬にも遅かれ早かれ及ぶことは明らかだった。自分一人ではなす術もない、なんとも言えない閉塞感、何処にぶつけたらいいのかわからない苛立ちを、ここ数年村瀬は抱え込んでいた。そんな村瀬に嫌気がさしたのか、妻の理恵は何も言わないままひっそりと家を出、今は誰も待つ者もいない2LDKのマンションに帰る日々が続いていた。
 車をマンションの最寄りのコンビニの駐車場へ入れる。シャンプーが切れていたか。シェービングクリームも買わなければと思いながら、「いらっしゃいませ」という無機質な声をすっきりしない頭の中に織り込んで、買い物カゴに手をやる。安い詰め替え用のシャンプーと敏感肌用のシェービングクリームをまずカゴに入れた後、冷蔵庫の前に立つ。いつもの『東洋ゴールデンラガー』五百ミリリットルの六缶パックをひとつ取り出しカゴに入れ、店内を回ってスモークチーズとサラミをその上に入れる。レジ横で大きな容器に一杯のおでんを入れ、マイルドセブンライトのボックスを一箱貰い、清算する。五千円札を出したがそれでは足りなかった。しかたがないのでスモークチーズを諦めることにする。
明りの灯っていない家賃十万円の我が家へ帰る。いつまでここを借りるつもりなのか、自分でも判然としない。考えることを放棄している。惰性でここに帰ってくるだけだった。妻の去った後の家は、男の一人暮らし特有の臭いが立ち込め、日々散らかるだけの空間になっていたが、段々とそういう家のこと全てに鈍感になり、カーテンなどここ何週間も開けた記憶がなかった。コンビニのビニール袋が散乱しているフローリングの床に、コート姿のまま直に座り、新たなコンビニの袋を開ける。ビールの六缶パックのカートンを破り、冷えた『東洋ゴールデンラガー』を一気に喉に流し込む。おでんの容器に無造作に割り箸を突っ込み、しらたきや大根をやっつけながら、立て続けにビールを二本空けたところで、人心地ついた。夏のボーナスでちょっと奮発して買ったオーディオの電源を入れ、最近よく聴く戦前ブルーズに耳を傾けながら「こんな根っから音質の悪いCD聴くんじゃ、このオーディオ勿体なかったかな」と思いつつ、単純なフレーズを口ずさむ。「最後の勝負も勝ち目なし」などと繰り返し口ずさみながらしばらく聴いていたが、このままどっぷりとブルーズの波に浸っていたんじゃ人間が駄目になる、と半分酔った頭で思い直し、とりあえずシャワーを浴びることにする。熱いシャワーで、日々の憂いも何もかも洗い流すことができたらどんなにか楽だろう。

 シャワーから上がってくると、携帯に着信とメールが残っていた。工場で一緒に働いている一年目の大西からだ。同期で忘年会をやっているらしい。「何処か二次会にいい店を知らないか」という内容。「よければ一緒に飲まないか」という誘い文句もあった。シャワーを浴びてさっぱりした村瀬は、普段なら無視しかねない内容のメールに返信してやろうと思った。そして、この部屋で鬱々と一夜を過ごすよりは、煌びやかなターミナル周辺の空気を吸うのも悪くはないだろうと思い、誘いに乗ることにした。若手の相手をするのはそれなりに面倒くさいことではあるが。
「一時間後、高島屋の正面玄関前」
とだけ返信し、セーターにチノパン、コートにマフラーにスニーカー履き、といったラフな格好で身繕いを済ませてから、風呂上りのビールを一本飲み、夜風の冷たい中、最寄りのモノレールの駅まで駆けていく。

 山手の新興住宅地、と言ってももう三十年も前に開発された土地、村瀬が生きてきた年数と変わらないだけの「歴史」を持った街を、村瀬は駆ける。鉄道路線はモノレールがひとつきり。団地の周りには大きな外周道路、あとは毛細血管のように狭い道が団地の隅々を通っている。大型のショッピングセンターもあったが、一昨年破綻。小さなテーマパークもあったが、それも破綻。今は建物だけが寂しげに残っている。都心の地価が大幅に下落し再開発が進む中で、この街にも新住民が入ってくることは少なくなり、住民の高齢化が問題にもなっている。村瀬は初めこの土地に暮らし始めた頃、どれも似たような建物ばかりが並ぶいくつもの通りを見て「これは確実に自分は迷子になる」と思った。東西南北の方向感覚すらおかしくなるのではないかと思っていたが、似たような住宅地育ちの妻の理恵には、これが故郷の景色だった。「なんとなく落ち着く」と理恵は言い、建物に挟まれた陽の射さない狭い公園で四つ葉のクローバーなんぞ見つけてきては、押し花にしてリビングのテーブルに飾ったりしていた。「こんな面白みもなにもない建物ばかりの平坦な風景が故郷の景色になるのか」と、山間の小さな村で育った村瀬にはショックだったし、この土地には神様はいないだろうと思った。神様のいない計画された街で計画された暮らしが計画通り進むという僥倖に恵まれたのは、高度成長の終わりからバブル崩壊までのほんの一時で、村瀬が入ってきた頃はもうその計画の杜撰さばかりが目に付くようになっていた。村瀬はこんなところで子を授かるのは嫌だったし、かと言って田舎に仕事があるわけでなし、理恵を説得する自信もなかった。
 そんな自分にとっては特別な感情を何一つ思い起こさせない土地に寝起きしながら、惰性で職場と家の往復をするだけの日々だった。理恵との仲が冷め始めたのはいつ頃だったろう・・・。そういった相手の些細な変わり方にも鈍感でなければならないほど、仕事というものは村瀬に全神経を使うことを強要した。朝はまだモノレールが動き出す前に車で工場へ向かい、帰りはもうモノレールの営業が終わった後、ヘトヘトの体で車を運転して家に帰る。シャワーを浴びて缶ビールを二本飲むのがやっとで、テレビはおろか新聞を読む気力もない。通勤時に車のラジオを聴かなければ、世の中がどうなっているのか一切知るよしもなかった。興味を引かれるようなニュースはいつだってなかったが、仕事場以外での言葉を聞くと、自分もまだなんとか世の中の淵に引っ掛かっているとは思えた。そんな調子では、妻の理恵と充実した夫婦の会話など交わすことも出来ず、リビングのダイニングテーブルで放心したようにビールを飲みながら、一方的に喋る理恵の言葉を脳を介さずに聞き、ただただ頷きを繰り返した。一体彼女は何をあんなに一生懸命話していたのか、一人になった今思い出そうとしても、紅潮した顔で話すその姿は思い浮かべられるのだが、その内容となると一切思い出せなかった。そのことに思い至った時、理恵との時間とは一体何だったのだろうと村瀬は一人考えた。そんなにまでして傾注している仕事だったが、給料が上がるわけでも、満足に日々こなせているわけでもなく、生活においても仕事においても、自分に自信なぞ何ひとつとしてなかった。しかし、今夜も酒を飲んだら、また大西達に社会人としての生き方なんぞを口角泡飛ばして説教するのだろう。
「不毛だなぁ。」
大きくひとつ溜息ついでに声を出して「不毛」と言ってみる。闇夜を裂くようにホームにモノレールが入ってくる。「いつだって飛び込めるんだぜ」と内心わけのわからない悪態をつき、モノレールに乗り込む。モノレールは音もなく村瀬の体を都心へと滑らせて行った。
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by uts_home | 2009-08-17 02:17 | コラム
大文字の夜に・・・
メールありがとう。すぐに返信出来なくてごめんなさい。
民孝さんも心配してくれているのですが、まだ連絡を取る気になれないでいます。お察し下さい。

残念ながら不格好なことになってしまって、二週間ほど寝て過ごしています。
主治医に診断書を書いて貰って、一ヶ月間の休職という形になっていますが、多分クビになると思います。郵便局の仕事を失うことに関しては、さして後悔はないのですが、「はな串」やリド飲食街に行けなくなるのが淋しいです。せっかくみんなと仲良くなれたのに。

思えばいつもそうでした。今回の郵便局で長期で働くのは三度目ですが、毎回仕事を失う事に対する後悔はないものの、その土地土地で仲良くなった人達と会えなくなるのが堪らなく淋しいのでした。

mixiに写真をアップしてくれているので、チアキの様子がよく分かり、いつも微笑ましく見ています。頑張っているね。自分の進むべき道にまっすぐ突き進むチアキに、若さと爽やかさを感じさせて貰っています。やっぱり青春とはかけがえのないものだな、と写真の中のチアキを見て思ったりします。

この二週間はほとんど酒を飲んでいないので、その代わりというわけではないですが、集中的に本を読んだりDVDを見たりしています。少し体調が悪いほうが、難しい内容の本は頭に入るようなのですが、読んでいるのが結局、今回の不況の解説だったり、いかに日本の近代化が稚拙だったかの論説だったり、太平洋戦争時の軍部の愚かさだったりするので、一向に気が晴れません。DVDもつい戦争物やシリアスな物を借りて来て見てしまうので、これまた鬱をますますこじらせるようなことになっているのです。自分で「馬鹿だなぁ」と思いますが、なんともしようがありません。

「外に飲みに行きたいなぁ」とも思うのですが、なんとなし思いきりが悪く、コンビニ弁当ばかり食べています。残念な事に薬のせいで食欲は旺盛で、痩せる気配はありません。

あぁ、久しぶりのメールでつい喋り過ぎてしまいました。ごめんなさい。この二週間、メールも電話も一切せず、ブログもほとんど更新していなかったものですから、喋りだすと止まらなくなってしまいました。

しかし今年の夏は夏らしい日がなかったですね。今夜は五山の送り火ですが、この行事が終わると夏も終わりという気がします。祇園祭から送り火までが「夏」という感じですかね。今年は一回も泳ぎに行けなかった、それどころか海も見なかった、残念です。

チアキは実習頑張って、充実した夏にして下さい。


追伸:もう少し元気になったら、ホームヘルパーの資格でも取ってみようかと思っているのですが、またアドバイスなど頂けると有り難いです。よろしくお願いします。

では、また会える日を楽しみにしています。
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by uts_home | 2009-08-16 18:10 | コラム
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