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革命前夜(玄耕庵日乗)
映画『チェ 28歳の革命』を観た興奮がおさまらない。私は一体何と闘えばいいのか?実はその答は私はとうの昔に知っている。17の頃から知っている。ずっとそれと相対することを避けてきただけだ。私はすでに知っている。ただ私には武器がない。皆を鼓舞する能弁もなければ、実直な勤勉精神も持ち合わせていない。勿論銃も大量破壊兵器もない。もっと言えば愛嬌もない。どうやって闘えばいいのか、17年経った今もわからない。
ただ、このままではいけないし、どんどん悪くなっていることも肌で感じている。世界はあまりにイビツで不人情でトチ狂っている。コイズミも悪かったしアベも悪かったしフクダも悪かったしアソウも悪いし、そういうものを成立させているすべてを呪詛している。勿論ブッシュはなおのこと。
世界は新たなフェーズに移行するのか、そこに希望はあるのか、皆目わからない。「希望は自分で見つけるものだ」と親父は言った。その通りだと思う。しかし重い言葉だ。

闘えるものなら闘いたいが、そのフィールドがわからない。辺見庸のように一人で闘うしかないのだろうが、どうすればいい?
「生活」を「闘い」と規定すること、これしかないかもしれない。人知れず、徒手空拳で闘う。

ああ!思い切り自分の理想に向かって闘ってみたい!闘ってみたい!闘ってみたい!ロッキーのように!ゲバラのように!

明日からの一日一日を、闘争として送ってみるのもひとつの手かもしれない。知らなかったことを知ること。想像の射程を延ばすこと。痛みを痛むこと。誇らしげに語ることはなにひとつないと自覚すること。

勝てなくても、負けたくない。それを肝に命じて日々を送ろう。
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# by uts_home | 2009-01-21 01:02 | コラム
暇にあかせて(玄耕庵日乗)
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仕事もせず、パソコンも壊れ、何もすることのない一日。ふと思いついて去年の夏に別れたMに電話をしてみる。旦那が休みで家にいるようで長話は出来なかったが、元気そうな声を聞けてよかった。声を聞くとその麗しい姿形が思い出され、なんとなし幸せな気分になった。あれほど人を好きになれたことを、我ながら誇らしくも思った。安心して愛されていた記憶が蘇り、心の底から感謝した。二人が紡いだ時間はたった二年足らずのものだったが、あの愛は本物だったと思う。太陽のような、慈雨のような愛だった。Mには幸せな家庭生活を送って欲しい。佳き母親になって欲しい。Mなら人に愛を説くことが出来ると思うから。

小説の構想は頭を巡るのだが、パソコンの不調で執筆出来ないため、本でも読むことにする。基本的に私は小説を読まない。読みたい小説がないからだ。だから自分で書くしかない。
『脳と仮想』茂木健一郎、『自分自身への審問』辺見庸、『反定義』辺見庸・坂本龍一、『永遠の不服従のために』辺見庸、をクルクルと読み飛ばす。
何故人間とはこうも救いがたい存在なのか。ブッシュとコイズミがめちゃめちゃにした世界の中で、私はキツめの抗鬱剤と睡眠薬を毎日毎日16錠も飲み下し、なんとかその縁に引っ掛かっている。そうまでして世界にへばり付いていたいか?という自問はいつも頭にある。こんな世に命を賭ける甲斐などあるのかと。派遣従業員の問題についても、言いたいことは山ほどあるが、それに対してなんの力も持てないちっぽけ過ぎる自分を叱咤することさえ放棄して、漫然と息をし、茫然と時の流れを見ている。新年を迎えたからといって何一つめでたいニュースはないし、アソウはその何の中身もない無力を全力で晒している。今の日本は、人一人生きていくにはあまりに苛酷だ。

しかしこんな年にも新成人になる人間は何万といて、彼らに希望を託さざるをえないのだが、託す希望が見当たらない。こんなに不甲斐ないことがあるだろうか。大人の仲間入りをする人間に、「こういう大人になりなさい」という規範が示せない。「素敵」という言葉を再定義しなければいけないかもしれない。

まずは私自身の立脚点となる「素敵」を構築せねば。それは鮨屋のカウンターで蘊蓄を語ることではないし、女性に抱えきれないほどの薔薇をプレゼントすることでもない。やはり、権力に盾突くことだ。抗うことだ。抗って生きることだ。何物にも縛られず、自由の牙城を守り抜くことだ。しかし今の日本に「自由」などあるのか・・・私は私個人の自由を守り抜くために抗う。ひどく滑稽ではあっても。そうとしか生きられないから。そうでなければ生きているとは言えないから。死んだほうがマシだからだ。絶望的なまでに孤独な闘争を私は一人闘う。ただ一個人として屹立するために。
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# by uts_home | 2009-01-08 05:31 | コラム
2009年、はじまりました
謹んで新春のお慶びを申し上げます。
旧年中はご多忙の中「Under the Sun」へのトラックバック、コメントありがとうございました。

今年は衆議院選挙が予定されています。
2005年の郵政選挙からおよそ3年半。
その間、ボクらの生活する世の中はよくなったのでしょうか、それとも悪くなったのでしょうか?
ボクら有権者が、政治に対する意思表示をする場は眼の前に迫っています。
のんびりぼちぼち、ムリをせずにやっていきましょう。
ではまた。

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「逍遥録―衒学城奇譚―」発掘屋
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# by uts_home | 2009-01-06 23:08 | コラム
無慈悲な私
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無理矢理ひとつの恋を終わらせて、かわいい乙女の心から血を流れさせ、何処に行こうというのか。またひとつ「最低」の称号を積み重ね、「旅人の守護石」と言われるターコイズを纏って夜を駆ける。いつまでも陽は昇りそうにない。自分では気付いていないが、多分私は一人の夜が好きなのだ。親しいのだ。気兼ねないから。そういう理由以外に他人様の大事な娘さんに、不愉快な思いをさせる理屈が見つからない。

もう誰も好きになるまいとは、今まで何度も思った。でもそれは無理だということもわかった。無下に人の心を傷つけてはいけないということも知っているが、「知っている」と「出来る」は違うという事も今回痛いほどわかった。私はハタチの女性の相手が出来るほど、「大人」ではなかったという事だ。私は神様にはなれなかった。マッチ一本分の夢すら見せてやることが出来なかった。

言い訳はしない。ただ、自分が哀しい。

何を求める風の中ゆく    (山頭火)
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# by uts_home | 2008-12-09 02:18 | コラム
まだまだ勉強の途中
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最近若い人と話す機会が多いから、つい自分がなにもかも悟った年寄りのような気分になってしまうこともあるけど、まだまだ勉強の途中なんだよ。全然青二才なんだよ。なんにも分かっていやしないんだよ。

この魂がどこにあるのかも知らなければ、この生がどこから来たかも知らない。なぜ夕暮れがこんなにも悲しくて美しいのかも知らなければ、夜の闇がどこまで深いのかも知らない。

なんにも知らないんだよ。
でも一応もう大人だから、誰も教えてはくれないんだよ。わかる?親だってもう教えてはくれない。
自分で勉強して感得するしかないんだよね。

人の一生は、はっきり言って孤独です。愛は助けにはなりますが、絶対ではありません。孤独を完全に掬い取ってはくれません。
でも、だからこそ、愛を求めてしまうのです。
だから、人間は弱いのです。愛など無視して、一人で生きていくことが出来る人は、強い人です。そうなりたいかどうかは別問題として。

「よく生きる」という意味が、未だによくわかりません。「よく生きる」とはどういうことか。
たくさんの人々と笑顔を交わすことがよく生きることなのか、密度の濃い時間を多く持てることがよく生きることなのか、多くの人を養い引っ張っていくことがよく生きることなのか、自分の内なる声に耳を傾け静かな時間を得ることがよく生きることなのか、愛する伴侶と仲睦まじい暮らしを送ることがよく生きることなのか・・・
なにひとつ出来てはいませんが、よくわかりません。

とってもとっても頼りのない大人になっているようで、すごく不安にもなれば、落ち込んだような気分になる時もあります。でも周りを見渡しても、納得出来る大人の人は数えるほどで、僕もそういう大人になりたいとは思いますが、彼らが幸せなのかどうかはわかりません。僕はまだ「よく生き」たいのか「幸せになりたい」のかすら、決められていないのかもしれません。金はなくとも自分に満足して生きて行きたいのか、好きなものを好きなときに好きなだけ食べたいのか、と言えばわかりやすいでしょうか?

こんなことを未だに言っている34歳は本当に格好悪いと思います。首をくくればいいくらい格好悪いと思います。

でも、この世界を、全否定はまだできないんです。勉強不足でそこまでの見極めがまだつかないんです。

こうやって、誰も死ぬことは出来なくて、なんとなく生きていくんだと思います。そして生きていくうちにいろいろなことを忘れて、明日の暮らしのことで頭がいっぱいになって、老いてゆくんだと思います。それが「生活」というものだと思います。

「生活」を語って「理想」を語らないのは片手落ちな感じもしますが、「理想」を語れるほど世間知らずではなくなってしまった身には、少し辛いものがあります。

深夜の独白でした。

明日からは、明日こそは、なにもかもがうまくいけばいい。そう思います。
明日がやってくるから、なんとか生き延びられるのかも知れません。明日を信じられなかった身からしたら、これは偉大な進歩です。

状況や時代は決して簡単には信じませんが、たとえいくらひどく傷つけられても、人を信じる気持ちは忘れまいと思います。多くの人を裏切り傷つけてきた僕の、せめてもの償いです。

春に鶯が鳴くように
夏に蝉が世界を凌駕するように
秋に枯れ葉が舞い落ちるように
冬に音もなく雪が降り積むように

そういう風に、生きていきたいなぁ。
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# by uts_home | 2008-11-11 02:52 | コラム
風…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo
大幅に遅刻したことを深くお詫びいたします。どうぞご容赦ください。
…………………………………………………………………………………………

「国民のために……」と厚顔無恥な政治屋どもは云う。

猪首からぶらさげた腐蝕の「免罪符」を裏返せば、穢れた血で書き殴られた文字が、こう読めるだろう。
自民党ならば「私腹のために」、公明党ならば「名誉会長のために」。
麻生太郎ならば「豪遊のために」、安倍晋三ならば「怨霊/岸信介のために」、そして小泉純一郎なら「ブッシュと私の馬鹿息子二人のために」。
こんな奴らが平然とのさばり、「選挙」目当ての愚劣パフォーマンスに於いてのみ「下々」の顔を見下ろし、ドス黒い腹の中から腐臭漂う嘘八百を搾り出し、醜く歪んだ口先から不快な嗄れ声で雑音を撒き散らす。

森喜朗という真正の阿呆が「親や子供を殺すようなことが珍しくもない世の中になったのはなぜか。やはり戦後の日教組教育の大きな過ちだ」などと不遜にものたまい、長勢甚遠/鳩山邦夫/保岡興治/森英介という無能どもが「粛々」と人を殺し続け、薄汚い自己顕示欲で膨れ上がったレイシスト首相が異次元「秋葉原」で戯言を垂れ流す足元を、自らは選挙権も無いのに国会議員に成り上がったド素人詐欺師丸川珠代が下劣な笑みを浮かべて提灯で照らす。

此の無残なる「素晴らしき世界」。

私は耳を澄ます。生き生きとした人間の声を聞くために。
そして……或る女性が語りかける。
「今、暗闇の中にいる人や悩んでいる人も、どうか夢を持って一日を過ごしてください」と。

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# by uts_home | 2008-10-30 00:16 | コラム
やーめた、でもやめられない-- by Luxemburg
麻生内閣の支持率がそれほど落ちてきていない。安倍や福田の支持率はご祝儀相場の時期を過ぎた途端にガクンと下がったのに、意外に持たせている感じだ。これだけ経済が悪くても、世界同時株安だったら仕方ないか、と思わせるのに成功しているのかもしれない。また、前の二人と違って「やんちゃ」なイメージの振りまきに若干成功しているところもあるのだろう。小泉を思わせる、冷たい薄ら笑いが、何だか自信のあるリーダーに見えるのかもしれない。

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# by uts_home | 2008-10-16 00:00
七歩の詩(30)--日替わりコラム(「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋)
こんばんは。
「逍遥録―衒学城奇譚―」の発掘屋です。
今回のお題は「辞~めたッ!」と、その反対に「やめたくてもやめられない」もしくは「絶対に続けていくと誓ったこと」です。
このお題にしようかってハナシしたころは福田首相の政権放り投げ事件がおこり、そのあまりの無責任っぷりに乗っかってやれって思ったのですが、そうしたらあ~た、今度は新政権で中山某氏がワケわからん発言をして、何かこうズブズブなカンジで引き摺り下ろされたと思えば、小泉元首相も「政治家や~めた」って云って、ヤバくなる前にトンズラこいたのでございます。

正直、ヒク。
つ~か、ネタにしてやるのもアホらしいので、ソッチ関係は無視。

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# by uts_home | 2008-10-13 00:54 | コラム
「煙草の煙に我を預けて」by玄耕庵日乗
中山国交相が就任5日でお辞めになり、その言動とともに巷を騒がせておりますが、大臣の辞任というのもすっかりありふれた風景のひとつになってしまったものですね。

さて、「やめたくてもやめられない」をテーマに一時お付合いを。

やめたくてもやめられないものの筆頭と言えば、やっぱり煙草。17の頃から毎日吸い続けて早17年にもなります。その間に値段も3回は上がったかな?その度に止めようと思いながら、やっぱり止められないでいます。特にパソコンに向かって文章を考えたりしている時は、いつものペース以上に煙草に火を点けてしまうのです。歯は汚くなる、口は臭くなる、といいことひとつもないのですが・・・。

初めて吸ったのは悪友から貰った1本だと思いますが、案外美味く感じてしまい、それからハタチ頃までは色んな銘柄を試しながら煙を楽しんでおりました。思い出せるだけでも、「フィリップモリス」「キャスター」「キャビン」「ジダン」「クール」「ラッキーストライク」・・・と色々吸いましたが、大学進学を期に「マイルドセブン」に落ち着き、社会に出てからは「マイルドセブン・ライト」をずっと吸っています。何処でも手に入る銘柄というのが、やっぱり便利でいいわけです。と言っても最近はタスポ導入のおかげで(個人情報を出来るだけ晒したくないとの理由でタスポ導入に否定的、電車の定期券も頑なにICカードでなく磁気カードを使っています)、コンビニに買いに行かなきゃならんので面倒ですが。

煙草の何が美味いのか、改めて考えるとよくわからんのですが、手が伸びてしまいます。朝起きての一服、食後の一服、飲酒中の一服、考え事をしている時の一服・・・。私がまだ幼少の頃は、テレビの中のヒーロー達は美味そうに煙草の煙をふかしていましたが、昨今の禁煙ファシズムの中では煙草の地位は落ちる一方です。煙草を吸う人間の人間性まで問われるような、そんな時代になってしまいました。煙の行方に自由に心遊ばせる一時をもまで、何かヒステリックにさえ感じてしまう健康ファッショに奪われてしまうようで、かなり窮屈な思いをしていることは確かです。

何が書きたいのかわからなくなってきましたが、酒も煙草も、いい大人が自由に時を過ごすためのひとつのツールであり、またカルチャーであると思うわけです。それを歪んだ形に矯正することには、抵抗を感じている次第です。私達はもっと自由でいいと思うのです。精神を解放して生きていってもいいのだと思うのです。「煙草ひとつくらいでガタガタ言いなさんな」と嫌煙家の人に言ってみたいけど、そんな勇気ないな(笑)。
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# by uts_home | 2008-09-29 00:00 | コラム
四阿日誌(20):退却を転進と言い換えたのは/徒然気儘な綴方帳・McRash
えー、3ヶ月ものご無沙汰でございまして、この間、私事多忙に加えまして、リベラル系なweblogの中で今もくすぶっている争いに絶望感を覚えたりするなど、どうして人は緩やかな連帯を紡げないのだろう、という思索を続けているわけでございます。

そんなわけで、こんな思索のなかから、意地でも諦めたくないことをぼんやりと考えたりしているわけでござんして、それは、最近に拙宅weblogの方にも書きましたが、多様性にこだわること、排除の論理を排すること、あるいは思考停止に陥らないように提案していくことなど。

多様性は系の健全性を担保し、全く異なるものがかけあわさって新たな創造の原動力となりうるもの。
排除の論理は、やがて自分自身を排除せずにおられなくなってしまう罠。
思考停止は、自ら主体的に思考し判断することを妨げる悪魔の誘惑。

こうしたこだわりをベースとして、この国に民主主義を本当の意味で根付かせていくための努力を続けることが、何よりも諦めたくないこと。

3か月ぶりのコラム復帰は、ショートバージョンでお付き合いを願いました。お後が、よろしいようで。
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# by uts_home | 2008-09-25 00:00 | コラム
皆の衆、次のお題である
……ウソです、ゴメンなさい、もうイバリません。
「逍遥録―衒学城奇譚―」の発掘屋です。

残暑がまだまだ厳しい昨今です。
皆様公私共にご多忙と存じますが、くれぐれもお身体を大切に。
せて、次節のお題ですが、次はボクが差配させてもらいます。

某国の二打席連続の振り逃げ首相にあやかって「辞~めたッ!」と、もう少し幅広く「やめたくてもやめられない」もしくは「絶対に続けていくと誓ったこと」などの逆の意味をもったコトについて、考えているコトをお願いします。

順番はアミダで決めました。
遅くなっても結構ですから、皆さん、よろしくお願いします。

9月25日(木) 徒然気儘な綴方帳
9月29日(月) 玄耕庵日乗
10月2日(木) 華氏451度
10月 6日(月) 再出発日記
10月 9日(木) T.N.君の日記
10月13日(月) 逍遥録 −衒学城奇譚−
10月16日(木) A tree at ease
10月20日(月) Les Chemins De La Liberte'
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# by uts_home | 2008-09-20 00:02 | お知らせ
遺言、のようなもの
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帰庵して、リビングで汚染米のニュースを見つつ揚げ物ばかりのコンビニ弁当を腹に詰め込みながら、以前政府米の仕事をしていた頃を思い出す。その頃の私の米関係の仕事は、米倉庫の温湿度管理に倉庫に巣くう鼠の処理、農政局の小役人の機嫌取りに、米卸業者への出荷準備。一営業倉庫の総務部所属のなんでも屋、勿論政府米以外にも三洋電機関係や工業用硝子の日本電気硝子、それに個人客も担当していたから、一日中わけも分からず追い立てられ構内中を走り回っていた。その時の事を思うと、今度のニュースも「まああるだろうな」くらいにしか感じられない。政府米など7年も8年も置いてあるのはザラにある。検査してみれば黴が生えて緑に変色した米が腐るほど出てくる。それを業者にいくらか割引いて売って、業者はそれをブレンドし新米のブランド米として店頭に並べる訳だ。高いコシヒカリ買ったからと言って、それを保証する体制なんてないのだ。そんなもの構築しようとしたら死ぬほど大変だから。そんなことわざわざしなくても誰も文句言わないから。自
分が何食ってるかわからない奴に、自分のことなんてわかる訳ないんだが、日本のあらゆるものは一事が万事、そういうふうに出来ている。責任の所在なんて判明したら困るから、下っ端の業者を吊し上げる程度で終わりにしておこうということなのだ。耐震偽装問題の時の姉羽みたいなもんだ。鳥インフルエンザの時の自殺した鶏舎経営者みたいなもんだ。トカゲのシッポ切りで納得せよとのお上のお達しなのだ。誰も逆らえない。「貧乏人は麦でも食え」と言われるよりマシか?五十歩百歩だな。

読みかけだった「自由をいかに守るか」を読了し、いつものように精神安定剤1錠、抗鬱剤2錠、睡眠薬4錠を服薬し、寝室の洋間のフローリングに二枚敷きにした布団の上にパンツ一枚で横になり、扇風機の風にあたりながら、10年ぶりに高村薫の「レディ・ジョーカー」を手に取る。黄ばんだ本の表紙が、この10年のこの国の疲弊を見続けてきたようで、頁を繰る前から何か胸が締め付けられる。初読時23歳の一介の冴えない学生だった私に、「社会とは、組織の中で生きるとはいかなるものか」を教えてくれた現代文学の最高峰と言える作品。しかし私の10年も暗かったし、日本の10年も凄惨だった。
とりあえず、旧仮名使いの序文「一九四七年-怪文書」を読むのだが、今度はビールの仕事をしていた頃を思い出してしまい、睡眠薬ガバガバ飲んだのに、興奮して寝付けなく、こんな駄文を書いている。以下「」内「レディ・ジョーカー」より引用。
「かうして振りかへると、日之出社員の矜持や団結とは、いつたい何であつたのだらうと改めて我が手を見たことでした。「日之出あつての社員」と云ふ思ひは、詰まる処、会社の歯車となつて廻り続けることを悦び、小異を排して会社と云ふ傘の下で繁栄の夢を見、己の貧しさを忘れることなのでせうか。何故と云つて、一人一人の日本人が依然貧しいことに、変はりはないからです。」
大好きだった小説の背景になったビール業界に、遅れてきた社会人一年生が入ることになった。入って一月も経つと会社のブランドロゴが街のあちこちにあるのにもう気が滅入りそうになった。明けてもビール、暮れてもビール。それでもスーツに社員バッジをつけて飲み歩くのは気分がよかった。自分達が携わったビールを遠慮会釈なく我が物顔で飲み干す。上司からは職場でも酒の席でも、毎日のように熱い檄が飛ぶ。「熊よ!龍馬になるんじゃあ!」と意味不明の檄を受け、「ハイ!」と涙ぐむその頃の私。アサヒの一員であれる事に誇りを感じ、「アリンコ軍団」とヤユされる住友財閥系企業特有の粗悪な体育会系のノリについていこうと懸命だった。朝も昼も夜もがむしゃらに働き、そして際限なく飲んだ。多分会社を愛していた。辛かったけど幸せな時間だったんだろうと思う。

しかし今、34歳の私は思う。
私は国を信じない。
私は会社を信じない。
私は世間を信じない。
私は主義を信じない。
私は金を信じない。
私は力を信じない。
永年の友の忠告を聞く耳はあるつもりだけれど・・・
私は私自身も勿論信じない。構築しては壊し構築しては壊し、安住することなく私を鍛える。そして鍛えた私を信じない。

好きなものは、ブッダ、老子、一休宗純、夏目漱石、正岡子規、種田山頭火、池田晶子、佐野元春。これらに傾ける耳はある。

庵に潜みどん底の暗がりから、信じないもの達を睨み続けてやる。それが私の孤独な闘い。生きているということ。でも死んでも睨み続けてやる。それだけは絶対負けない。
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# by uts_home | 2008-09-13 01:25 | コラム
「星になる」いうこと(あるいは8月末の寝言)by華氏451度
 申し訳ありません、遅れた……というのもおかしいほどマヌケな遅れ方ではありますが、ちょこっと顔を出させていただきました。

 死んだ者について「星になった」という表現が使われることがある。それをなぞって言うならば、ついこの間、我が家の居候猫が星になった。先代の居候猫を猫を死なせた後、友人が「拾って来たんやけど飼わへんか」(この友人は、いつまでたっても関西弁の抜けない関西人なのである)と言って持ち込んだ猫だった。友人はできれば自分で飼いたいような顔つきだったが、飼っている老犬との関係で躊躇したらしい。痩せこけてパサパサして目やにだらけだったその仔猫に、私は先代と同じくトマシーナという名前をつけた。御存知の方も多いと思うが、ポール・ギャリコのファンタジー『トマシーナ』から借用した名である。

◇◇◇◇◇

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# by uts_home | 2008-08-31 04:41 | コラム
私がオヂサンになっても
夏が終わった。終わってみればあの憎々しいほどだった汗滴る日々も、ある感傷を伴いつつ虫達の泣き声に掻き消される、まるで陽炎のように。また夏がひとつ過ぎ、また私はひとつ年を取った。
近年とみに腹が出ることは言うまでもないが、腹の出具合に正比例して食に対する欲が止まることを知らない。和み系・癒し系の腹の持ち主。まさにポニョ。
また新たに行きつけになる店を発見してしまった今週、串カツの油が勝つか、我の腹のキャパシティが勝つかのシビアな闘いを、しばらく続けるつもり。何故その店をチョイスしたのかは、至極明瞭。もちろんスタッフが皆カワイイ女の子だったからである。
女の子を昔のような審美観では見なくなったなと、ほろ酔いの帰り道。今はもう、自分のものにしたいという目では、女の子を見ない。まるで美術品か工芸品を見るような目で、女の子を見ている自分に気付く。なんなんだろう、この彼岸に辿り着いたような感覚は。現実感なく、女の子を愛でる感覚は。切実にセックスが欲しい季節は過ぎ去り、まるで風に揺れるコスモスをある微笑を持って今秋も受け入れるような、自然の摂理に従っているような、異性の美やはかなさに対する感覚。私のことを理解してくれることなど、露ほども望まない感覚。ただ私は路傍に生える元気のない草の一葉でいいのだ。コスモスが美しく咲き誇るのを眺めることさえ出来れば。一生懸命に咲くコスモスの、邪魔はしたくない。そして、雑草は雑草なりに忙しかったりもする。

こんなことをつらつら生ビール二杯、安ワイン二杯の頭で思うのは、やはり私がオヂサンになったからだろう。セックスが切実な問題でなくなったのは、多分悲しむことでなく、喜ぶべきことだろう。そういう予感がある。多分もっともっと、深部に細部に近づける。一編の拙い作品として、己の生すら客体化出来うるだろう。醜く憎々しい絵を、カンバスいっぱいに描きたい。
人生の妙味を知るのはこれからだ。
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# by uts_home | 2008-08-29 23:05 | コラム
七歩の詩(29)--日替わりコラム(「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋)
奈良の明日香村にキトラ古墳という古墳があります。
7世紀の後半から8世紀にかけて造られた古墳で、遺骸を安置した石室の天井に星座が描かれています。
当時の中国の思想に基づく星座で、星宿とも呼ばれ、西洋のものとくらべて、2~3個程度の少ない数で星座を形作ります。
同様のものは高松塚古墳にも描かれていますし、海外では高句麗や満州の古墳にも描かれています。
大陸からの渡来人が伝えたものでしょう。
当時の日本が、中国や朝鮮半島ときわめて密接な文化的交流があったコトの証明でもあります。

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# by uts_home | 2008-08-19 23:26 | コラム
無言の星
宇宙、星・・・。なにも浮かばない自分がいる。
締切日の深夜、今夜も酒場で初対面の人妻を散々口説いて帰る路、ふとひとつの光景が思い浮かぶ。
16の鼻垂れ高校生だった頃、初めてバイトを始めた。田舎の学生の例に漏れず、新聞配達。毎度の事だった定期試験の夜を徹した打ち上げもそこそこに、自転車を漕いで新聞を配った。
当時俺らの間でお世話になってたのは、サントリーの角瓶。それをコーラで割ったコークハイを延々あおって、みな騒いだ。尾崎豊や、ザ・ブルーハーツの頃。
したたか酔った頭を持て余し、荷台にインクの臭いのまだ取れない新聞を目一杯積んで同級生の家々を回る早朝、冬の厳しい寒さの折りにはよく流れ星が視界を掠めた。四国山脈に消え行く星達。願いをかける間もないままに、その尾は非現実のものとなった。
怖いほど星の降る夜もあった。そんな時はどうにも不吉の兆しに思えてしかたなかった。

あの頃と今を比較して、よくなったことなどひとつもない。

すこしくらい、としをとってよかったとおもいたいものだ。
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# by uts_home | 2008-08-14 23:32 | コラム
銀河の夜 by「再出発日記」くま
すみません、ふと気が付くと締切日を過ぎていました。
本当は小松左京の「果てしなき流れの果てに」を読み直して何か書こうと思っていたのですが、あの文庫本がどこに行ったかわからなく、めんどくさいので、ある旅の記憶を少し書いてごまかします。

「銀河鉄道の夜」の冒頭場面はこのように始まります。

「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、乳の流れたあとだと言われたりしていた、このぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか」先生は、黒板につるした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところを指しながら、みんなに問いをかけました。
 カムパネルラが手をあげました。それから四、五人手をあげました。ジョバンニも手をあげようとして、急いでそのままやめました。たしかにあれがみんな星だと、いつか雑誌で読んだのでしたが、このごろはジョバンニはまるで毎日教室でもねむく、本を読むひまも読む本もないので、なんだかどんなこともよくわからないという気持ちがするのでした。
 ところが先生は早くもそれを見つけたのでした。
「ジョバンニさん。あなたはわかっているのでしょう」
 ジョバンニは勢いよく立ちあがりましたが、立ってみるともうはっきりとそれを答えることができないのでした。ザネリが前の席からふりかえって、ジョバンニを見てくすっとわらいました。ジョバンニはもうどぎまぎしてまっ赤になってしまいました。先生がまた言いました。
「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河はだいたい何でしょう」
 やっぱり星だとジョバンニは思いましたが、こんどもすぐに答えることができませんでした。
 先生はしばらく困ったようすでしたが、眼をカムパネルラの方へ向けて、
「ではカムパネルラさん」と名指しました。
 するとあんなに元気に手をあげたカムパネルラが、やはりもじもじ立ち上がったままやはり答えができませんでした。


ジョバンニにはほんとうにつらい。お父さんからの仕送りは途切れてアルバイトに精を出しているジョバンニは眠くてたまらない。中学生の頃はこの場面でジョバンニの辛さがわからなかった。生活だけではなく、お父さんは死んでいるかもしれない、と不吉な予感がいつもしているのだ。本当はそっちのほうが辛いのかもしれない。そしてカンパネルラはそんなことも分かっている。なんてやさしいのでしょうか。

大人になってやっとこの二人の優しさがわかって、つまり賢治の優しさがわかって、わたしは岡山から新幹線を乗り継いで二回ほど岩手県を旅したことがあります。ある時、小岩井農場の中のSLホテルに泊まりました。季節はもう秋。シーズンが外れていて、客は私を含めて三名だけでした。

夜中に外に出ました。
満天の星。
白くけぶった銀河帯のようなもの。
天の川。
ああ、うちゅうのなかにいる。
「僕きっとまっすぐに進みます。きっとほんとうの幸福を求めます」
ジョパンニのように、ふと敬虔な思いにとらわれたものです。
もう15年も前の話です。
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# by uts_home | 2008-08-13 00:19
花のように
今夜も酔い潰れて辿る家路、奄美出身の美女と乾杯を交わした後、とめどなくワインは我が五臓六腑を透過してゆき、夜汽車の車窓はいつもと変わらぬ瞬きを繰り返す。あぁ、なんて素敵で、なんて詩的な、ある八月七日の、あるちっぽけな夜。口腔にはほのかに大蒜の残り香。目の奥にはあの零れるような美女の睫毛と、そしてあの消え入りそうな眼差し。京都に来てよかった。そう思える、夜。

幾人にも美女には出会ったし、幾杯も美酒はあおった。それでも辿り着かない我が楽土。あぁ、我が貪欲なのか、世界が貧弱なのか。

車内掲示の「モディリアーニ展」の碧い眼をした少女が、我を慰むように見ている。そう言えば、T.N.君の貴弟はモディリアー二に因んだ名前だったな。私は、何をしているのだろう・・・。

花のように、花のよに・・・♪
中孝介の名曲の歌詞が出てこない。悲しい、哀しい、夜。車内アナウンスの「保津峡」が空しく響く、トンネルを越えれば、我が心休まる庵に辿り着く。
血が欲しい。一滴の、心休まる、血が。私の中を駆け巡る血を、実体化させ、両手で噛り付き、んぐんぐと飲み干したい。
私の渇きを癒すのは、ただ私以外にはない。そう確信する、夜。
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# by uts_home | 2008-08-08 00:40 | コラム
星の断想…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo

仕事帰り。駐車場に車を停め、少し離れた住居に向かう途上で、しばらく空を見上げるのが日課となっている。私の住む田舎では今でも満天の星を仰ぐことができるのだが、幼い頃に飽きもせず眺め続けた星空とは、随分と変わってきたように思う。

それは、汚染された大気を象徴するかのように靄のかかった天空を、極めて物質的な光を放ち飛行する航空機によって星々の輝きが翳んでいる所為でもあり、或いはまた宇宙や星に対するそこはかとない憧れの感情が年齢を重ねるほどに失われていき、私の視覚的な印象を変えてしまった所為でもある。

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# by uts_home | 2008-08-01 12:38 | コラム
流れ星・・・by T.N.君の日記
 標高千数百メートルの僕の田舎では、天の川が本当にきれいに見えます。まさに星が降ってくるという感じです。あまりにも沢山の星が見えすぎるので、白鳥座や琴座でさえ探すのが大変な程です。

 中学生の頃、部活動を終え薄暗い道を1時間ほど歩いて帰宅していましたが、道路脇の林や草むらは深い闇と化し、風に揺れたりするとなんだか薄気味悪いので、もっぱら遠くの山の端と夜空との淵を眺めながら帰っていました。ぱーっと開けたところでは、しばし足を緩めて空を仰ぎ、色々なことを妄想したり、他愛のないことを考えたりしていました。

 山は紅葉が真っ盛りの10月のある日、いつもの様に部活動を終えて、星空と山の端を見ながら帰っていると、突然西の空に大きな流れ星がスーと流れました。一緒に帰っていた弟と、「あ、流れ星だ。」と叫びました。また流れ星飛ばないかなと、暫らく二人で夜空を見上げていると、今度は北西の方向にまた流れ星が流れました。「願い事、何にする?」と弟が聞いてきましたが、それを皮切りに次々と流れ星が飛ぶので、なんだか願い事を3回唱えるどころではなくなり、ポカンと口を開いて暫らく一大天体ショーを見入ってしまいました。

 だんだん首が痛くなってきたのと寒くなってきたのとお腹が空いてきたのとで我に返り、「家に帰ってお母ちゃんにも教えてあげよう。」という事で家路を急ぐことにしました。「なんで流れ星って飛ぶの?」「なんていう名前の流れ星なのかな?」矢継ぎ早に弟が聞いてきます。帰って理科の先生に電話で聞いてみることにしました。先生は見に行ってくると言ってそそくさと電話を切ってしまいました。翌日、「ジャコビニ流星群」という名前の流れ星だよと教えてくれました。僕らが見たのは1985年の大流星群だったのでした。

 お盆の頃は、ペルセウス座流星群が見られます。ペルセウス座が天上に顔を出す22時過ぎから3時くらいまで、運がよければ数百個の流れ星が見えます。ビニールシートと寝袋を用意してねっころがって夜空を見上げるのが、グ~。
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# by uts_home | 2008-07-30 01:23 | コラム
変わらない宇宙、変わらない自分--by Luxemburg
7月に星と言われれば七夕を連想する。小さいながらもおりひめとひこぼしが会えますように、などと純朴に願っていたら、先生に皆さんもお願い事を書きましょう、と言われて、違和感をもったのをおもいだす。子供心に、人の幸せを願うべきときにどうして自分の願い事なのか、何かあるとすぐに便乗して願い事をするのはなぜか、などと妙にひねくれたことを考えていた。だから七夕の短冊で「どんなお願い事を書いたか」などと先生に言われて、「おりひめとひこ星が会えますようにと書きました」と答えると、「それではそのまますぎますね、自分が何を望むのかを書きなさい」と言われ、そのままで何が悪いのですか、というようなことを言って少し口答えをしたりした。

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# by uts_home | 2008-07-24 01:09 | コラム
次節のお題は「宇宙・星」です
 毎日うだるような猛暑が続いておりますが、夏バテなどは大丈夫でしょうか?
 そんな中、毎度コラムを書いたり読んだり、いろいろとお引き立てくださりありがとうございます。
 Under the Sunもゆるゆる猛暑に負けず続けていきたいと思いますので、これからもよろしくお願いします。

 さて、次節のお題ですが、「宇宙・星」です。

 順番は例によってくじ引きで決めさせて頂きました。

7月24日(木) A tree at ease
7月28日(月) T.N.君の日記
7月31日(木) Les Chemins De La Liberte'
8月 4日(月) 徒然気儘な綴方帳
8月 7日(木) 華氏451度
8月11日(月) 再出発日記
8月14日(木) 玄耕庵日乗
8月18日(月) 逍遥録 −衒学城奇譚−

よろしくお願いします。

(文責:T.N.君の日記)
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# by uts_home | 2008-07-21 22:04 | お知らせ
「心が軋む時には……」by華氏451度
 すみません、サボリ癖のついた華氏でございます。今回のお題は「○○を紹介します」。うーん、何を紹介しましょうか。紹介したいものは数限りなくあります。でも、あれやこれやと迷った揚げ句、いつもついつい本の類を紹介してしまうのが私の悪習。子どもの頃から本に淫していれば幸せだったせいでしょうか。あるいは本以外のことになるといきなり「どこそこの野菜カレーは旨い」とか「時間つぶしに飛び込んだ小さな美術館でいい絵をみつけた」とか「この間仕事でどこそこに行った時に会ったジイサンが実におもしろい人だった」等々、やたらに地域その他限定的な話題になり、詳しい説明がなければ聞いた方は何が何だかわからん、という状態に陥りがちなせいでしょうか。

 というわけで……やむを得ず?本――というか、物語の世界のご紹介などを。ご紹介というか、お勧め……かな。いや、やはりいつもの通り単なる寝言かも。

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# by uts_home | 2008-07-16 06:21 | コラム
鉛の心臓は、何故二つに砕けたのか。…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo
コラムが大変遅くなり申し訳ございません。色々と書き始めていたのですが旨くまとまらなかったため今回は断念し、以前に自ブログで綴った拙文を若干手直しの上、掲載させて頂きます。どうぞお許しください。

…………………………………………………………………………………………

幼い頃に親しんだオスカー・ワイルドの『幸福の王子』は、今でも折にふれて読み返す唯一の童話集である。

表題作『幸福の王子』に初めて「ふれた」のは子ども向けに製作されたテレビ番組だった。鮮やかな色彩を放つ影絵による魅惑的な表現と、どうしようもなく切なく悲しい物語は、当時はまだ純真(笑)であった少年から当然の如く涙を絞り取っていった。童話集自体を「読んだ」記憶は定かではないのだが、たぶん少年少女向けの文庫だったように思う。美しい王子と、けな気なツバメの挿し絵とともに、読み手の想像力をかきたてるワイルドの端麗なる文章(無論翻訳者の腕もある)、王子とツバメの極限にまで高められた愛情表現が、心の奥深くまで沁み込んでいった。

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# by uts_home | 2008-07-12 01:56 | コラム
日本を紹介します--by Luxemburg
今日は私の住む国、すばらしい日本を紹介したいと思います。
なにからがいいのかなあ、そう、日本は世界最初の死刑廃止国でした。一次的に停止したんじゃありませんよ。平安時代のほとんどの期間にあたる350年間弱、武士の時代が到来するまで、死刑が廃止されていました。もともと中国の律令制度を学んだ日本でしたが、「律」つまり刑法を中国から輸入しつつ、一段階ずつ寛容な刑にして取り入れたと言います。そんな穏やかな国、日本ですから、もちろん死刑廃止の世界記録をもっているのは日本です。他の先進諸国の記録はまあ長くても50年ほどですから、けた外れです。しかも、最初に作った記録です。すごいでしょう?

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# by uts_home | 2008-07-05 23:55 | コラム
KIVA・・・by T.N.君の日記
 6月22日(日)21時からNHK総合テレビで、沸騰都市 第3回 ダッカ “奇跡”を呼ぶ融資 を見ました。世界最貧国と記憶していたバングラディッシュの首都ダッカでは、近年ビルの建設ラッシュに沸き、年5%以上の経済成長を続けています。その原動力が貧困層の所得向上にあるそうです。貧困層の所得アップに貢献したのは、年間事業規模300億円、貧困層のためのマイクロクレジット、保健、教育などの活動を行うNGO BRAC。BRAC銀行は、自活するのにどうしたらいいか分からずに途方に暮れていたスラムの住人に無担保・低金利でお金を融資します。そのお金で人々は事業を起こし、あるいは商品を仕入れて販売し、自ら生活の糧を稼ぎます。
 「この国では政府も誰も何も手伝ってはくれない。自分の足で上がっていかなくてはならない。」製縫工場を起業した青年は決意を秘めた瞳を輝かせそう答えます。
 「私たちは頑張ることにかけては負けません。」「私たちはただお金が欲しいだけだと、人に思われたくはないのです。」「私たちは十分に自立しています。」「日本の先を走るかもしれません。」
女性達は明るく自信一杯にそう答えます。詳しくはコチラ

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# by uts_home | 2008-06-26 20:34 | コラム
七歩の詩(28)--日替わりコラム(「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋)
【発掘のお仕事】
……ええと、かな~り個人的なハナシで恐縮ですが、ようやく発掘の仕事がはじまりました。
いや~長かった。
3月で昨年度の調査が終了してから3ヶ月しかたってませんが、事務仕事がキツイキツイ。
じっとしてるのが苦手ですので、早く調査がはじまらないかと思ってました。
何でも、現場に出はじめてから、生き生きしとるらしいです。
どんだけ事務仕事がストレスなんだよ、マッタク(でも夕方職場に帰ってきたら、机の上に書類が山積みってのはツライ……)。

さて、今回のお題「○○を紹介します」ですので、遺跡の発掘にでもついて少々お話しようかと思います。

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# by uts_home | 2008-06-23 23:28 | コラム
「ぬいてもぬいても草の執着をぬく」by玄耕庵日乗
日曜の秋葉原、大変なことが起こった。大変凄惨な事件であったが、加害者の心情もわからないではない気がして、恐ろしくもある。ストレスが多い現代社会、個人の心が決壊することはままあると思うが、こういう形で現出してしまうことは、残念ではある。彼の置かれた事情を汲み取って、再発防止につめて社会改善が行えるような気風があれば、まだこの社会に救いはあるかと思うが、彼の個人的資質に問題を帰するようであれば、私にとってもより住み難い社会になるに違いない。とりあえず、犠牲者の方に合掌。彼等が犬死にならないためにも、労働法制の改革を喫緊の課題としてやっていただきたい。若年の非正規労働者が明日に希望を持てるように。

と枕はこのくらいにして・・・。
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# by uts_home | 2008-06-12 07:51 | コラム
「夏の庭」の上映会を by「再出発日記」くま
映画のお勧め作品を書きます。生涯マイベスト作品はいくつかあるのですが、一つを選ぶとなると、大変難しい。それで、ちょっと変化球を投げます。この作品、おそらくどのレンタル屋さんにも置いてないと思います。つまり隠れた名作です。だからこの場を借りて、ぜひともこの映画の上映会を企画してほしい、と提案したいと思います。
映画館での体験というものは特別なものがあります。アルツハイマーの希望を描いた「折り梅」という映画は、自主上映会を重ね、結局「フラガール」よりも多くの観客動員数を勝ち取っているらしい。それに匹敵する潜在的な力があると、私は常々思っているのです。

昨今は「命」があまりにも軽々と扱われすぎる事件が溢れています。孫が祖父母を殺す、母親が赤ちゃんを殺す、男が小学生の列に突っ込む、いくらでも見つけることができます。
もし、そこまで追いつめられるずっと前に、本人にこの映画を見せることができたならば、何かが変わったかもしれない。そう思える映画です。
この映画は酒鬼薔薇事件の起きる3年前に、事件が起きた神戸須磨を舞台に作られた作品です。この映画をもし少年Aが見ることができたならば、などとも思ってしまいます。

どういう映画かというと
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# by uts_home | 2008-06-05 19:51 | コラム
お題は、「○○を紹介します」です
 訪問と執筆、いつもありがとうございます。

 早いものでもう6月になりますね。前回は「花」ということで季節感溢れるお題で綴って頂きました。そこで今節はやや文芸的?なお題で参ろうかと思います。

 最近(これまでに)読んだ本や、観た映画。好きな音楽やアーティスト、気になる人や活動、面白いサイトなどを、「○○って面白いよ」「○○はお勧めです」ってな感じで紹介しあおうという趣旨でいこうと思います。

 題して「○○を紹介します」。
 ジャンルはフリーで、どしどしfeaturingのほどお願いします。

6月 5日(木) 再出発日記
6月 9日(月) そぞろ日記
6月12日(木) 玄耕庵日乗
6月16日(月) 華氏451度
6月19日(木) 徒然気儘な綴方帳
6月23日(月) 逍遥録 −衒学城奇譚−
6月26日(木) T.N.君の日記
6月30日(月) Les Chemins De La Liberte'
7月 3日(木) A tree at ease

(文責:T.N.君の日記)
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# by uts_home | 2008-05-30 23:27 | お知らせ
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