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「花」に寄せて――by華氏451度
 1週間遅れでございます。皆さん、すみません……。(やたら多忙な日々が一段落したところで、出家遁世モードになっておりました。笑)

 コラムニストの方々の文章読んでると、いろいろ考えさせられる。私がブログなんぞ(最近は開店休業ですが)やってるのはそのワクワクする気分が嬉しくて……という気持ちが大きいのだけれども、全部読んでしまうとちょっとビビッたりして(汗)。トリはテーマをまとめる形で締めないといけないのだろうな、とは思っているのですが、それは言うは易くおこなうは難しでして。なかなかまとめ的な文章書けないので、雑感風に書き散らしてみました。御容赦のほど。

 ……ということで、以下、今回のテーマに合わせた雑文です。少し二日酔いなので、誤字当て字あるかもです。ゴメンナサイ。

◇◇◇◇◇

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# by uts_home | 2008-05-27 06:11 | コラム
花に寄せて
忙しさと思考停止に襲われ、前回のコラムをサボってしまいました。ごめんなさい。「そぞろ日記」のmiyau?でございます。
花も桜から薔薇やつつじの季節になったというのに、寒い日もありますが、みなさまいかがおすごしでしょうか。
Under the Sunでもみなさまのコラムが花盛り。花につられて夢想してみました。

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# by uts_home | 2008-05-15 00:44 | コラム
四阿日誌#19:すべての人の心に花を/徒然気儘な綴方帳・McRash
えー毎度ばかばかしいところに一席お付き合いを願っておきますが、桜前線も北海道の帯広や北見を過ぎ、終着地レースを稚内・釧路・根室の3地点で争っているわけでして、尤も、実際には6月を過ぎてから咲く桜だって、観測地点の外にはあるわけでございますな。

あたし自身は毎年、根室市・清隆寺さんの千島桜を撮影しているわけですが、実のところ毎年失敗しております(遠い目)
ご案内の方もあろうと思いますが、千島桜はミヤマザクラ系の高山種で、地を這うような低木だったりいたします。そして、清隆寺さんは立地条件などの都合もあって意外と撮影アングルが限られたりしまして、撮影するにはけっこう厳しい桜だったりいたします。まぁ、そんな条件をものともせずにいい写真を残される方も多いわけで、へぼアマチュアカメラマンのあたしとしましては芸術的センスのない自分に歯噛みするわけですが、兎も角もあたしはまだ今年の桜を生では見てないわけでござんす。

花の命は短くて…
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# by uts_home | 2008-05-12 02:42 | コラム
花弁の記憶…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo

現在、一歳半になる息子は、最近では母親を真似てベランダにある鉢植えの水遣りを手伝うようになった。もちろん手伝うというよりは、必死に親の後について、その行動を追いかけているだけなのだが。

澄み切った碧い空を背に、幼い子と妻が仲良く花に水を遣る何気ない日々の情景が、掛け替えのない幸福感を私にもたらしてくれている。


赤、紫、黄色……、色とりどり花弁は春の風に揺れ、ほのかな香りで私たちを包み込む。息子は片手に持った宝物の玩具を得意気に持ち上げ、もう一方の手で綺麗に並んだ鉢植えを指差す。

じっと私を見詰めたあと、息子は白い歯を見せて無邪気にはしゃいだ。
水遣りを終えて振り返った彼女が、愛する我が子に微笑みかけた。
足元では、一緒になって笑っているかのように、小さな水滴をのせた花々が陽光を浴びて煌めいた。


アッ、と子どもが叫んだ。
眼を細め、彼が見上げた空には、真っ白い飛行機雲が一直線に伸びていた。
名も知らぬ鳥の影が、それを横切った。母親の肩にもたれ、いつまでもその行方を追っている彼を抱き上げ、言葉をかけた。


時が経てば、花は枯れ、季節はまた巡る。
再び、子どもが青いジョウロを手にする時、必ず傍らには私たちが微笑んでいることを願い、此の一瞬を、私は記憶の淵にそっととどめた。
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# by uts_home | 2008-05-08 14:21 | コラム
花よりダンゴ ・・・ by Luxemburg
 花というと日本では桜。はかなく散るその美しさ、哀しさが滅びの美学のような芸術をうむことがあるのかもしれないが、残念ながら私は芸術を解しない人間なので、花と散る可憐さのうらで腹一杯ダンゴを食っているやつがいるのではないかと考えてしまう。
 先日の朝日新聞(4月30日)によると日本の相対的貧困率が14%弱、ほとんどアメリカに並んでいる。数年前までは確かアメリカの方が3%ほど悪かったように思ったが、ほぼ並んでしまった。そのうえ、日本の生活保護などの予算はなんとアメリカの12分の1らしい。アメリカというと、もともと税金が安くて政府は何もしてくれないばかりでなく、予算の多くを戦争に割いているような国なのに、それでも税金の高い日本の12倍も貧困対策の支出をしている(岩波「世界」5月号)。

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# by uts_home | 2008-05-05 00:00 | コラム
桜 ・・・by T.N.君の日記
 車で1時間ちょっとのいわば限界集落のようなところに義父の生家があります。そこにはちょっとしたみかん山と杉林があり、80歳を過ぎた伯母夫婦が畑で野菜を作ったり、みかんや柿を収穫したりして生活しています。僕たちは、たまの日曜日にそこでバーベキューをしたり、秋にみかん狩りに出かけたりして、伯母さんたちが手入れしてくれている山を、まるで観光客のように利用していました。「ここに落葉樹の林があるといいねー。実のなる木をもっと植えたいね。いつ来ても花が楽しめると素敵だね。」なんてお肉をつつきながら夢物語ばかり語っていました。でも、どうしたらいいのかも分からず、実際に時間を割くこともせず、拾ってきたどんぐりを畑の小脇に埋めてみただけで、ただただ月日が流れていきました。

 数年前におじさんが病気で倒れるという一大事件がおきました。幸い大事には至りませんでしたが、今までのように精力的に山の手入れをすることは難しくなりました。ほんの数ヶ月手入れが出来なかっただけで、みるみる草木が一面を覆うようになりました。その様子を見てこれからは僕たちがやらなきゃと強く意識するようになりました。手始めに、伯父ちゃんから草刈機の使い方を教わりました。「若さに任してぶん回したらいかんよ。刈り急いではいかん、一歩一歩。刈った草が邪魔になるから下からやっていきや。」はじめは家や畑の周りを刈っていましたが、だいぶ慣れてくるとみかん山の急な傾斜も刈れるようになりました。

 同じころ畑に植えたどんぐりがすくすくと大きくなり始め、細い杉の木を間引いてそこに移植することにしました。素人かつ貧乏性の僕は芽の出たどんぐりを出来るだけ沢山移植しました。おかげでモヤシのようなどんぐりの木が林立してしまうことになったのですが、まあこれも経験。雑草の勢いは凄まじく、移植してから2年間は田舎を訪ねるたびにどんぐりの周りの草刈に追われていました。今では10m程に成長し随分と草刈も楽になり今度はどう間引こうか思案しているところです。

 一度山に手を入れ始めると、次はああしたい、あそこはこうしたいという希望が次々に湧いてきます。今まで危険だと避けていた杉林の下草も刈るようになりました。するとみるみる明るい林に生まれ変わり、杉木立の半日陰にいろいろな植物を咲かせたいと思うようになりました。手始めに昨年アジサイを植えました。品種は黒姫や白妙といった日本古来の品種を選びました。またしても草刈です。一年気にかけた甲斐あってなんとか雑草には勝てそうかなという印象を抱くようになりました。あとは梅雨の時分に花が咲いてくれるかどうかです。

 そんな感じで山の手入れをはじめて5年が経過しましたが、一番の喜びは甥の誕生を祝して植えた桜が、3年経ってこの春花を咲かせたことです。しかも訪ねた日に満開になっていたのです。満開の桜の下で孫を抱く両親の姿と少しずつ変わっていく里山を眺めながら、時間の流れを感じるとともに、未来への希望と責任を実感しました。
 
 今年のGWは伯父ちゃんにチェンソーの使い方を教わろうと思っています。

 
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# by uts_home | 2008-05-01 22:57 | コラム
七歩の詩(27)--日替わりコラム(「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋)
【年年歳歳花……】

年年歳歳花相似 (年年歳歳花あい似たり)
歳歳年年人不同 (歳歳年年人同じからず)


初唐の詩人劉廷芝の詩「代悲白頭翁」の中の詩句です。
年ごとに花は同じでも、年ごとに花を愛でる者は違う……というような意味でしょうか?
花の無謬性に対して、ヒトの限りある生、無常を詠ったものでしょう。

冬は眠りの時です。
水がぬるみ、目覚めた樹々や花々は、大きくのびをするかのように一斉に生を謳歌しはじめます。
何しろコチラは、霜を踏みしめながらの外仕事。
梅の花の蕾も、鶯の最初のさえずりも、誰よりも早く体感するのだから、自然とそんな感慨も生まれてこようというモノ。

春をむかえ家の庭の花も、寒の終わりから梅がほころび、しだれ桜と桃が散れば、たちまち新緑につつまれつつあります。
玄関の花蘇芳やシランが赤紫色に華やげば、ヤマツツジも赤橙色に花ひらき、牡丹の蕾もふくらみはじめています。
ヤマコウバシ、姫シャら、ヤマボウシと植えてきた前庭では、今年から仲間入りをしたカマツカが白く雛に可憐な花をつけだし、樹全体が淡い白無垢をまとっているかのようです。

さて……唐の詩人は「花は変わらぬ……」などとしたり顔で詠ったモノだが、冗談ではない。
花も樹々も同じモノはふたつとなく、年ごとに日ごとにその在りようは違います。

寒、暖、湿、乾、照、雨、風、土……

何かがほんのわずかに違っても、花は前の花とは決して同じではなく、そのひとつひとつが時を内包しており、今のためにのみ在するのです。

先日、近所の家が取り壊され、新たに家が建ちはじめています。
遠くに住んでいた息子夫婦が帰ってくるというので、建てなおしているらしいのですが、昔からある幹まわりがふたかかえはあろうと思われる老木を、一本のこらず伐採してしまいました。
あの樹々は、南からの大風をさえぎるために、どこの家にでも昔から植わっているモノです。
それを切り倒してしまって、どうするのだろうか?
おそらく工事のジャマになるから伐採したのでしょうが、いくら高い塀を建てたって、代わりにはならないだろに……あぁ……もったいない。

あの樹があれだけの大きさになるのに、一体どれぐらいの時間がかかったんでしょうか?
ボクらがどんなにお金をつんでも、時間だけは手に入れられません。
元にもどしたくても、不可能です。
その家屋の主が老いて、その子や孫の代になっても、その樹はおそらく息吹きつづけるでしょう。
ヒトの生の営みには、まるで無頓着に。
花や樹々と相対して、どうしようもなく感じるのは、時の尺度の違いです。
その短さも、はるかに長い時も、人間のモノとはまるで異なります。
手に入れるコトができない時間をそばにおいておける、ソレがどんなに贅沢なコトか……
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# by uts_home | 2008-04-29 01:02 | コラム
「願わくは」 by「再出発日記」くま
願わくは花の下にて春死なん そのきさらぎの望月のころ

言わずと知れた西行法師の歌です。比較的好きな歌です。「如月の望月のころ」となると2月15日ごろなのだそうだが、当然旧暦とはいえその頃に桜は咲いていたのか、と疑問に思っていたのですが、確定した事実ではないかもしれませんが、いくつかのウェブでは確かにその頃、西行桜の下で亡くなったそうです。まあ、早咲きの山桜があったのでしょう。

花といえば、桜。当然です。私もつくづく日本人です。韓国とかを旅して桜の木に出会うと心底ほっとします。壬申・丁酉倭乱で朝鮮に寝返った沙也可を祭ってある鹿洞祠が韓国のテグ郊外にあります。祠の前には日本から送られてきたという桜が二本参道脇に植えられていました。2メートルほどの高さになっています。聞くとやっぱりソメイヨシノだという。「あと30年もすると、この桜はものすごい大木になりますよ」と、地元の人に言ってみても、きっとイメージはつかめなかったでしょう。春になればその下で宴会をする人々の気持ちはさらにわからなかったかもしれません。韓国の国花は木槿(むくげ)です。韓国読みは無窮花(ムグンファ)。日本でもおなじみの花です。初夏から秋口にかけて、ずっと咲いているかのように見える。しかし、花自体は一日で咲いてしぼむ。次から次へと花が咲き、そして続いていく。韓国民衆みたいな花です。よくできた国花ではある。

日本人は桜の咲くほんの数日を楽しみます。人生とはそのようなものだと思い込んでいるのかもしれません。日本人のDNAにしみ込んだぬぐい切りようのない性(さが)ですね。私はいつのころか、花見をしたならば、あと何回花見ができるのだろう。結局今まで何回花見をしたのだろうと、思うともなく思うようになりました。私の仲間にその話をすると、みんな一様に「なにオジン臭いことを言ってるんだ。そんなことを言うから、暗いと思われて、いまだに結婚できないんだ」などといわれるので、あまり言わないことにしています。そしてひそかに思うのです。(あと20回か。30回は無理かもしれない)私の言う花見とは一人で見る花見は勘定に入れません。必ず二人以上で見る花見です。なぜそんなことにこだわるのか。今年やっとその答えが見つかりました。

花見の時は必ず楽しいからです。

○○年はだれそれと楽しく飲んだ。○○年は彼女と夜桜を見上げた。そんな思い出を持ちながら人生を遡上していきたいなあ、と思うわけです。

今年の春、近所の方が父親の病室に寺から頂いたというたわわに咲いた桜の枝を持ってきて飾ってくれました。「桜の花は見たいけれども、桜の時まで生きたくはない。辛すぎる。」と言っていたので、この花は喜んでくれると思っていたのですが、ほとんど反応がないのです。二日後ぐらいに聞いてみました。そうすると「わしゃあ、わかっとる。あれは造花じゃ」というのです。私は花を一輪だけもいで父の手に握らせました。父は感動していました。「今年初めて花を見た」そして突然歌うのです。「願わくは花の下にて春死なん 西行法師…。知っているか。西行法師は桜の下で死にたいと願っていたけれども、それは叶わなかった。なぜならば、桜の咲くときはあまりにも短いからじゃ。人生とはそのようなものじゃ。」酔っている時の口癖のようにいい、それきり黙ってしまった。あれから20日余り。今はもう人の解する言葉は言えなくなっています。
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# by uts_home | 2008-04-25 22:06 | コラム
「花冷えや夢のつづきに夢を見て」by玄耕庵日乗
今回のお題は「花」。今年は花見をそれほど堪能しないまま、京都はもう葉桜となりました。当庵自慢の庭も手入れをしないでいるうちに、何処から流れ着いたのかすっかり蒲公英の群れが逞しくその茎を太らせて、繁々と葉を風に揺らせております。荒れきった庭を前に呆然とするのみです。近い内に引っこ抜いてやらねば、あぁめんどくさい。
「花」ということですが、花は好きなほうなのですが、これといったアイディアが思い浮かばず、お題を見て最初に思いついた想念をそのままつらつら書き連ねることに致します。くだらない話ですがお許しを。

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# by uts_home | 2008-04-21 00:00 | コラム
今節のお題は「花」
 いつもお忙しいなか、訪問、コラムの執筆等ありがとうございます。

 僕の実家はまだ雪がちらつくこともあるそうですが、日本列島春爛漫。一面の花盛り。花は少々くたびれの気味の私たちを、ほっと明るくさせてくれます。そんな訳で今節は、「花」をテーマにコラムを綴っていただきたく思います。

 さて順番ですが、

4月21日(月) 玄耕庵日乗
4月24日(木) 再出発日記
4月28日(月) 逍遥録 −衒学城奇譚−
5月 1日(木) T.N.君の日記
5月 5日(月) A tree at ease
5月 8日(木) Les Chemins De La Liberte'
5月12日(月) 徒然気儘な綴方帳
5月15日(木) そぞろ日記
5月19日(月) 華氏451度

です。
今回はGWと重なってしまいますが、都合の悪い方がいらっしゃったら変更やずらしたりして繋いでいきましょう。宜しくお願いします。

(文責:T.N.君の日記)
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# by uts_home | 2008-04-18 02:49 | お知らせ
失われゆく心の糧…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo
食卓を笑顔で囲む親子のふれあいが、まるでテレビドラマの如く紗のかかった情景へと移り変わっていったのは、いつの頃からだろう。そして、胃を満たすことよりも先ず「愛情」に飢え、ささやかなぬくもりを求める子どもたちの願いが、何故かくも残酷に奪われ、失われていくのだろう。

愛情の飢餓の中、子どもたちは必死に手を差し伸べる。けれども、其の指先を無慈悲にも振り払う者が、有ろう事か我が身を生んだ「親」であったという事実を知る時、幼く脆い心は身体とともに一瞬にして朽果てていく。愛する者の変貌した形相を脳裡へと焼付け、「何故わたしは生まれたのか」という絶望的問い掛けの中で、無垢なる心は粉々に砕け散っていく。

『おかあさん』

おかあさんは  どこでもふわふわ

ほっぺは ぷにょぷにょ  ふくらはぎは ぽよぽよ
ふとももは ぽよん  うでは もちもち
おなかは 小人さんが  トランポリンをしたら
とおくへとんでいくくらい  はずんでいる

おかあさんは  とってもやわらかい
ぼくがさわったら  あたたかい 気もちいい
ベッドになってくれる

青森県八戸市立美保野小学校2年 西山拓海


少年は、溢れんばかりの愛情を込めて愛する母に詩を捧げた。

……2008年4月1日。
彼は、母親自身の手によって絞殺された。

※追記あり (2008.4.4)

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# by uts_home | 2008-04-03 17:15 | コラム
七歩の詩(26)--日替わりコラム(「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋)
【食べ物を作るって、そんなに簡単じゃないんです】
こんばんは。
「逍遥録-衒学城奇譚-」の発掘屋です。
本来なら、3月31日が担当なのですが、ワケあってその日はパソコンを開けられそうにないので、少し早めに。

さて今回のお題は――『食』。
中国産の冷凍食品から、薬物が検出されたコトは、普段口にしているモノが一体どんなモノなのか、ボクらにあらあためて考えさせる契機となりました。
特に日本の自給率の低さを嘆く声は大きく、新聞の読者投稿欄などにも「自給率アップを目指せ!」「安全な国内産を!」ってな調子の投稿もよくみられました。

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# by uts_home | 2008-03-30 22:17 | コラム
「安全」と「安心」by「再出発日記」くま
今回のギョーザ問題で、食にまつわるいろんなことが噴出した。日中関係、食料自給率の問題等々‥‥‥。ただ私は、「安全」と「安心」の関係について、若干の感想を述べて、今回のコラムの責を免れたいと思う。

私の古い友人は、「安全安心の生協の信頼が揺らいでいる」という枕詞のニュースに反発してこのようにしきりと呟いた。「安全安心と同列に言っているが、あれは間違いだ。安全は科学で、安心は宗教なんだから」宗教と言う言い方には少し異議はあるものの基本的には私はこの意見に同意する。

安全性は常に数字で表すことが可能な問題である。或いは、嘘ごまかしがあった場合は、それを正すことが出来る問題である。残留農薬の安全性は数字で表すことが出来る。バナナの防カビ剤(TBZ)の使用率は?その場合の発がん性の危険性はラットによる実験で表すことが出来る。もちろんその「危険性」とは時代によって変動する。

一方、「安心」と言った場合、古い友人は「宗教」と言ったが、「安心安全神話」という言葉もあるようにとたんにその範囲はとてつもなく拡大し、或いは基準はとてつもなく曖昧になる。

以下「安心」について考察
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# by uts_home | 2008-03-29 22:26 | コラム
簡単なようで難しい?・・・by T.N.君の日記
 随分とエントリーが遅くなってしまいごめんなさい。自分でテーマを決めておきながら、ハタと困ってしまいました。食がテーマですが、考えてみると非常に難しいですね、このテーマ。

 手前味噌ですが、僕は子供ができてから食べ物に対する考え方がまた変わりました。一生懸命母乳をあげている妻の影響が大といったところです。

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# by uts_home | 2008-03-28 01:24 | コラム
「greedy素楽」by玄耕庵日乗
お彼岸です。今日は徳島・鳴門のポカリスエットスタジアムへ、Jリーグ2部、愛媛FC対徳島ヴォルティスの四国ダービーを観戦に行こうと思いながら、生憎の天候で断念した素楽です。春です。今日からプロ野球も始まります。何かと心がウキウキします。
休日の今日のブランチは、先日テレビで映画『UDON』を再見したこともあって、釜玉うどんを食しました。鍋にたっぷりの湯を沸かし、冷凍うどんの玉を2玉入れ、90秒ほど茹で麺がバラけたら、湯を切って器に入れ、麺の上に卵を1つ落としよく絡め、醤油を回し入れて、刻みネギをかけて食べます。美味いので食べている時はもう無心です。あっという間に食べてしまいます。

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# by uts_home | 2008-03-20 13:25 | コラム
「食」にまつわるうしろめたさ by華氏451度
 1週間遅れ……でございます。すみません。さて、今回のお題は「食」。何を語ればいいのやら戸惑いながら、そろそろ初めることにいたしますか。

 私は子どもの頃から、あまり積極的には動物性蛋白を摂取しない方である。気がつくと1週間以上動物性蛋白ゼロで過ごしていた、なんていうこともしばしばだ。特に、いわゆる「肉」はあまり食べない。摂取する動物性蛋白は少量の魚介類と卵、そして乳製品がほとんどだ。いや、むろんヒトの家を訪問して出された場合や、誰かと一緒に食事に行って「これが美味しいよ」と勧められた時などはビーフステーキでもトンカツでも……ウサギでも羊でもカエルでも食べるけれども、自分で選択して食べるものは動物系の食品は少ない。何となく、腰が引けるのである。自分で作るものの代表は野菜と豆類のカレーや、具の多いスープ(と言うより野菜のスープ煮)、野菜だの油揚げだのコンニャクだのを放り込んだ味噌汁(口の悪い友人達はトン抜き豚汁、と言っている)など。いや、むろんほかにもいろいろ作りますがね、何しろ手間がかからない上に一度大量に作ると三日ぐらい食べられるので、つい始終……。
 ただし、思想的な確固たる意味合いがあって、えせベジタリアンやってるわけではない。単なる嗜好の問題である。と言うよりおそらく、小さい頃から目立って消化器官が弱かったことと関係があるのだろう。始終腹下しをして、卵とじうどんとポテトサラダ、などという妙な組み合わせのものを食べさせられていたような記憶もある。肉の類が消化に悪いのかどうか実際のところは知らないが、私の場合は植物性の食品を中心に食べているほうが調子がよかったようだ。
 もうひとつ……ものを食べることに対する、かすかな恥の感覚、あるいは罪悪感をずっと引きずっているのかも知れない。(肉食べるのは罪悪、というような話ではない。それを言うなら野菜だって卵だって命であり、命を食い散らしていることに違いはない)

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# by uts_home | 2008-03-20 01:31 | コラム
四阿日誌#18:其は生命を繋ぐもの/徒然気儘な綴方帳・McRash
えーいつもの大遅刻(まてやコラ)なわけでございまして、今節のテーマ「食」、自分ではほとんど料理しないわ冷食やらインスタントに頼りきりだわ、まぁ偉いことは言えないわけでございますよ。

だもんで、今回はお後お目当てをお楽しみに、5分で高座を降りよう、なんて算段をしているわけでございます。ぱっと来てぱっと去りますんで、お後のお目当てをお楽しみに、ちょこっと歯を食いしばってお付き合いを願えれば幸いでございますが。

前回のLuxemburgさまが食、ないし食物、の本質に迫るコラムを上げられた後でして、おちゃらけはやりにくいのでどうしたものか迷っているわけですが、まぁあたしの場合、とどのつまり食の安全・安心に対して、あたし一人が食べる物のときはまったくこだわらないわけです。

そりゃ残留農薬が基準を越えていたとか、消毒が不十分だとか、そういう論外なケースは別にしましても、あたし一人が食べるものの時は、とりあえず生き長らえるだけの栄養がとれればいいんです。別にこれから将来に、血を分けた次世代を紡ごうというつもりはあたしにはありません(ていうか、あたしの子をほしい、と思ってくださる女性は一人として現れない、という前提であたし生きてますんで)ので、まぁ安くて十分な栄養が取れ、かつ食えないほど酷い味でなければいい、これがあたし個人の食に求める全てです。そんな人間が食を論じようなんてぇのがそもそも間違ってるわけでして、さて弱った。

以前に拙宅ブログだったか、どこかのコメントだったかで軽く触れたのですが、この国では江戸時代あたりから、伝統的に第1次産業が大切にされて来なかったんじゃないかと思うわけです。江戸時代、士農工商なんていう身分制度の中で、武士に次ぐ、とされてはいても実態はそうじゃなかった農家、そして現代、国政の無策のゆえに莫大な借金を抱えさせられながら、廃業さえできない農家や漁師たちの実態。

我々はもっと、生命を繋ぐ糧を育て、そしてそれを収穫して市中に分け与えてくれる人々へ感謝し、その営みに敬意を表する必要があるのではなかろうか、と思えてならない。その営みなしに、生命を長らえ、そして未来を紡ぐことなどできやしないのだから。
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# by uts_home | 2008-03-17 23:41 | コラム
「いただきます」を取り戻す--by Luxemburg
 私は小さい頃鶏肉が好きで、外食の時はいつも、もも肉のローストチキンやチキンソテーを注文していた。何か一つメニューに凝り始めたら、3日間くらいそのメニューばっかり、という話がよくあるが、私の場合3年くらいか、それ以上だった。

 そんな年頃のある夏、じいちゃんを田舎に訪ねていったら歓迎してくれ、着いた日の夜は私の好物の鶏肉にしよう、と言ってくれた。ところが、田舎なので鶏肉というのは、肉になった状態で目の前に出てくるわけではない。鶏肉は最最初から「肉」ではなく、動物である鶏の体の一部分である、「肉」だ。私も手伝って鶏を「つぶして」食べることになった。じいちゃんに手伝ってもらって私が鶏を絞める、正しくは、鶏の首の真ん中あたり、頸動脈を切った。じいちゃんが手を添えていたが、私自身も刃が入っていくのを感じ、その感触は今もこの手がしっかり覚えている。肉は冷蔵庫に入った冷たい食物ではない。柔らかくて温かい体の一部。その感触に驚いて手を離したら、鶏は走り出し、そのうちトサカの色が薄くなってきて、息絶えた。

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# by uts_home | 2008-03-07 00:00 | コラム
今節のお題は『食』
 早いものでもう3月ですね。日本は南北にながいため、3月はその土地土地で随分と感じ方が異なるのかもしれません。私の住んでいる関西では、家々の庭先や公園に植えられえた梅が赤や白い花を咲かせ、田んぼの休耕地には菜の花の黄色い花が咲き誇っています。少し陽気のいい日には、温度を含んだ太陽の日差しがジワーと身体にそそがれ、なんだか皮膚の隅々から光合成が湧き起こってくるかのような感覚に見舞われます。

 Under the Sunのコラムニストの方々はじめ、Under the Sunにお運びの皆様、お忙しい中毎度ありがとうございます。

 しっかし、次から次に重大事件が起こるものです。そんな時事問題にからめつつ、今節のテーマは『食』と題して綴って参りたいと思います。順番は例によってあみだくじで決めさせていただきました。その日無理、というような場合はおっしゃってくださいね。それではよろしくお願いします。

3月 7日(金) A tree at ease
3月10日(月) 徒然気儘な綴方帳
3月13日(木) 華氏451度
3月17日(月) 玄耕庵日乗
3月20日(木) そぞろ日記
3月24日(月) T.N.君の日記
3月27日(木) 再出発日記
3月31日(月) 逍遥録 −衒学城奇譚−
4月 3日(木) Les Chemins De La Liberte'

(文責:T.N.君の日記)
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# by uts_home | 2008-03-04 00:48 | お知らせ
「願い」 by「再出発日記」くま
21日が私の当番の日でした。一週間全く気がつきませんでした。申し訳ありません。

いい訳です。聞きたくないという方もおられるでしょうが、だんだんと今回のテーマに絡めていきますので、我慢して読んでください。(気がついている方もおられるでしょうが、私の文章スタイルはいつも、テーマの周辺から話題を起こした後にぐるぐる回りながらテーマに近づくというやり方です。時々回り方が速すぎてテーマから飛び出すこともあります。)

この二ヶ月間、毎日書き込みをしていたブログが一週間に一二回になっていました。父親の看病を始めたからです。母親が他界しているので、兄弟で看病をしているのですが、私の方が機動性が高いので、朝晩と見舞いに行っています。実は21日にトラブルが起きました。容態が急変したというので、病院に飛んで行ったのです。幸い、命に別状は無かったのですが、2日ほどは目が離せなくて、完全に当番のことは頭から消え去りました。

ここまでが言い訳。次から本題です。
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# by uts_home | 2008-02-29 22:41 | コラム
「願い」についての備忘
みなさまごきげんよう。「そぞろ日記」のmiyauです。
仕事が一番忙しいこの時期に引継ぎまで入り、疲労困憊&思考停止状態が続いておりますが、生きております(笑)。

さて、今回のコラムは流石にパスさせてもらおうかと本日まで思っておりましたが、移動の電車のなかで、出だしを思いついてしまったので、みなさまの素敵なコラムの締めに私の駄文におつきあいしていただこうかと、遅ればせながら記事をアップさせていただきました。

抽象的でわかりづらいものではありますが、何故自分がUTSのみなさまと同じような仄かな願いを持つようになったかの「備忘」として書かせていただきました。

それでは、おつきあいくださいませ。

かつて世界は
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# by uts_home | 2008-02-24 21:13 | コラム
四阿日誌#17:僕たちは煌めく明日を夢見てた/徒然気儘な綴方帳・McRash
えー今回のサブタイトルがお解りになる方は恐らくそっち方面にご理解のある方なのではないかと(どっちやねん)思ったりするわけでございまして、Windows2000以降用のミュージック・アドヴェンチャーゲーム"ソルフェージュ"の作中に登場する歌の歌詞からいただきました。ゲーム本編については、まぁプレイしてみてください、ただし女性の同性愛的表現に嫌悪感を抱かれる方は回避した方がよいかと思われます。また、工画堂スタジオさんはいわゆるエロゲー屋さんではありませんので、性描写はありませんよと。女の子どうしのキスシーンはふんだんに(?)用意されておりますが、ということで。

と、あたしのヲタクな本性を全開にしてみたわけでございますが、今節のテーマは「願い」ということで、まぁいつものようにつらつらとやりますんで、お後お目当てを楽しみに、しばらくの間お付き合いを願っておきますが。

向かい風だって叶えてみたい?
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# by uts_home | 2008-02-18 00:00 | コラム
願いつづけること--by Luxemburg
 以前、うちの犬を大学の付属動物病院に連れて行ったとき、さすがに普通の動物病院とは違い、重篤な病気のペットがたくさん診察を受けに来ていた。片目どころか目が見えないらしい犬、3本足、2本足の犬・・・。だが、どの犬も飼主の言葉にちぎれんばかりにしっぽを振り、全身で喜びを表していた。自分に残った目で飼主を一生懸命見る、自分に残った足でじゃれる、純粋な動物の姿を見ていると、何も無理をしていない。心の底から愛情を表現している。右目がないなら左目で見ればいいじゃない、右手がないなら左手でじゃれればいいじゃない。その姿に心を打たれる。あの動物たちが人間ならきっと、もっと美人だったら、もっとスラッとしていたら、4本足がそろっていて思いっきり走れれば・・・そんな願いが幸せを妨げていたに違いない。

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# by uts_home | 2008-02-14 00:16
七歩の詩(25)--日替わりコラム(「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋)
【顔のない街の中で】

見知らぬ人の笑顔も 見知らぬ人の暮らしも
失われても泣かないだろう 見知らぬ人のことならば
ままにならない日々の怒りを 物に当たる幼な児のように
物も人も同じに扱ってしまう 見知らぬ人のことならば
ならば見知れ 見知らぬ人の命を
思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で

見知らぬ人の痛みも 見知らぬ人の祈りも
気がかりにはならないだろう 見知らぬ人のことならば
ああ今日の暮らしの雨の中 くたびれて無口になった人々が
すれ違う まるで物と物のように 見知らぬ人のことならば
ならば見知れ 見知らぬ人の命を
思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で

ならば見知れ 見知らぬ人の命を
思い知るまで見知れ
顔のない街の中で
顔のない国の中で
顔のない世界の中で


歌詞の引用は、中島みゆきお嬢様のアルバム『I Love You,答えてくれ』の中の1曲「顔のない街の中で」です。
メッセェジ性の強い歌曲を提供しつづけている彼女ですが、このアルバムの中でこの1曲はことに静かな“力”を感じます。

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# by uts_home | 2008-02-11 23:52 | コラム
「願い」にかかわる寝言2題――by華氏451度
 おはようございます。発掘屋さんから連絡いただいたのに、しっかり遅刻したアホの華氏でございます(泣。発掘屋さん、ごめん~~)。今回のお題は「願い」。うーん、願い……イメージが膨らみすぎてはち切れそうになります。……というわけで(何が、「というわけで」なんでしょうね)今回も思いつくまま気の向くままに。

〈1.願いの重さ〉

 願いと願望は同じものだろうか。ごくフツウに語義だけ考えれば同じ意味に違いないのだが、受けるニュアンスが何となく違う。

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# by uts_home | 2008-02-09 06:55 | コラム
ともだち ・・・by T.N.君の日記
 出張先のホテルで書こうと思いPCを持っていったのですが、ネット環境も整ったホテルだったのですが、小生意志薄弱ゆえ、ビール一杯夢の中。コラムの執筆が遅れてしまい申し訳ありませんでした。

 今節のお題は『願い』

 お寺で手を合わせるときには、いつも家族の健康と世界平和を願うのですが、如何せんお賽銭を出し惜しみするせいなのか、世界平和はなかなか叶えて貰えないようです。

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# by uts_home | 2008-02-03 23:18 | コラム
願い・・・それは目を見開き自分の頭で考えること by玄耕庵日乗
すみません!新年1発目のコラムだったというのに、9連勤や遅めの新年会や送別会なんかにかまけて(飲んでばっかりの1月でありました・・・相変わらずな自分にトホホです)、久しぶりの休日となった今日までしばらくPCを立ち上げていなくって、コラムの日程を認識していなく、大幅な遅刻となってしまいました・・・申し訳ありませんm(_ _)m。

新年最初に臨むコラムということで、久しぶりにこの「Under the Sun」の命名の由来となったジミー・クリフの「UNDER THE SUN, MOON AND STARS」を聴きながら、ゆっくり筆を進めて参りたいと思います。

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# by uts_home | 2008-01-29 16:06 | コラム
長く孤独な影の中に…… by 【Les Chemins De La Liberte'】 kikyo
……人類の普遍的「願い」だと私が信じる「平和」とは、実体の無い幻なのであろうか。


或る統計によれば、戦争における死者数は、18世紀が700万人、19世紀が1,940万人、そして「戦争の世紀」と呼ばれた20世紀が1億780万人だという。

たった100年の間に、この世に生をうけた人間の内、1億人以上が「戦争」によって死んだ。いや、正確には「殺された」のである。1世紀過ぎるごとに、戦死者数が1桁ずつ上がっていくという驚愕せざるを得ない事実を前にすれば、「人類の叡智」などという人間の高慢/傲慢ぶりが如何に空虚極まりないかが解る。

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# by uts_home | 2008-01-29 00:14 | コラム
今年最初のコラムです
みなさんこんばんは。
年が明け、本格的に寒さが厳しくなってきました。
政治の場では「新テロ特措法」が何の議論の高まりもみせずに通過し、もはや終わった政局となってしまい、次はガソリンの暫定税率の引き下げか維持かが衆目を集めているようです。
その一方で衆議院解散なども公然と語られ、先行きは不透明な状況です。
何とはなしに舌打ちをし嘆息などつきたい心持ちですが、のんびりと暖かなボクらの日々を取り戻すために、少しでもがんばりましょう。

さて今年最初のコラムですが、今回は「逍遥録-衒学城奇譚-」の発掘屋が案内役をつとめさせていただきます。
お題は「願い」です。
みなさんのココロの中にある「願い」、ぜひ聞かせてください。

順番は例によってアミダくじで決めました。
みなさんご多忙のようですが、前後の方と連絡をとるなどして、うまく回していきましょう。
またスケジュゥルの調整が必要な方がいらっしゃいましたら、ボクまでご連絡ください。
よろしくお願いします。

第 1回 1月25日(金) 玄耕庵日常
第 2回 1月28日(月) Les Chemins De La Liberte'
第 3回 1月31日(木) T.N.君の日記 
第 4回 2月 4日(月) ミクロネシアの小さな島――ヤップより 
第 5回 2月 7日(木) 華氏451度 
第 6回 2月11日(月) 逍遥録-衒学城奇譚- 
第 7回 2月14日(木) A Tree at ease
第 8回 2月18日(月) 徒然気儘な綴方帳
第 9回 2月21日(木) 再出発日記
第10回 2月25日(月) そぞろ日記

* * *

参加メムバのみなさんへお知らせとお願いです。

右カラム下の「カテゴリ」の中に「バナー」がありますので、持って帰って自分のブログに貼り付けてください。

f0051075_044166.jpg
←ボクが使ってるバナーです。


さらに右上にはランキング用のバナーがありますので、投票をお願いします。
順位自体に何ら意味はありませんが、上位であればそれだけ多くの人たちの眼に留まります。


(文責:「逍遥録-衒学城奇譚-」発掘屋
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# by uts_home | 2008-01-21 23:56 | お知らせ
四阿日誌#16:2007年○○大賞/徒然気儘な綴方帳・McRash
えー大遅刻でございまして、気がつけば大晦(おおつごもり)。
しかも根多がない、という始末。この体たらくをどげんかせんといかんわけでございますが、時間がないのでこのままダラダラと見切り発車しちまおうってな料簡でございまして、お後お目当てをお楽しみに一席お付き合いを願っておきますが。

さて、今年あたしが一番心に残っている記事と申しますか、村野瀬玲奈さまの秘書課広報室から、「2008年度のミス・フランス『多様性と寛容のフランスを体現したい』」というエントリをご紹介させていただこうかと思います。この記事、先刻御存知の方の方が多かろうかとは存じますが、多様性と寛容、というこのキーワードに、あたしは着目したいわけでございます。

ってぇのも、これこそが、2007年の日本の状況を俯瞰して、一番失われてしまったものなんじゃないかと思ったわけでございまして、同時に、これこそが人間性の豊かさを担保するんじゃないだろうかと思うわけです。

市場原理主義の進展は、多様性と寛容を奪います。もともと多様性に乏しい日本の国情にあって、市場原理主義を持ち込めばどうなるか、現状を見れば明らかです。もともと少ない多様性が完膚無きまでに失われ、そしてかつてはふんだんにあった寛容さが忌み嫌われ排除され、後に残ったのは荒涼とした弱肉強食の冷酷な社会ではありませんか。

そして、一握りの特権階級的な地位にあるものだけが肥え太り続け、大多数の庶民は圧政に苦しめられているにもかかわらず、代替となりうる選択肢を隠されてしまって、総体では圧政を支持してしまう。

サッチャリズムやレーガノミクスの失敗を、この世界では20年も前にまざまざと見てきたばかりだというのに、なぜそれを今更日本に持ち込まねばならないのでしょう? 気が違っているとしか思えない。落語の「平林」でしたら「いいえ、字が違っております」でサゲられても、現実はそうはいかない。

2008年に向けて、人として取り戻さなくてはならない多様性と寛容さ、ということを今更のように提起して、2007年の四阿日誌を締めくくりたいと思います。1年間のお付き合いに心からの感謝を。そして願わくば、いよいよ来たる2008年にも、引き続きのお付き合いご贔屓を希い、皆様のご多幸ご健勝ご発展を心よりお祈り申し上げたいと思います。それでは、あらためましてお後がよろしいようで。
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# by uts_home | 2007-12-31 20:59 | コラム
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